知〜らんで、知らんで

うわー!タケちゃんがかめの中落ちはった!
えらいこっちゃ!
えらいこっちゃ!
知〜らんで
知らんで
ワイら
知らんで
おぬしら、おあわてめされるな。
ほれ、このように、大石でかめをわればすむことではないか!
それ!
ガッシャーン!
知〜らんで、知らんで、ワイら知らんで。
上等のかめ、わりよった。
センセイに言うたろう…。
 さて、この後の物語です。
 かめをわって、タケちゃんの命を救った金太郎みたいな頭をした子(中国宋時代の学者司馬温公の子ども時代)は、周りの大人たちから、「賢い子だ!」とほめてもらい、タケちゃんとその親からも感謝され続けたでしょうか。
 それとも、上等のかめを割った責任で、かめの持ち主から賠償請求され、両親からは「親切も程々に」と諭されたでしょうか?
 「知〜らんで、知らんで、ワイら知らんで」というのは、私が子ども時代の『はやしことば』で、責任逃れをする時に大合唱したものです。だれかが、失敗をして自分は関係ないと言うことを強調する時に、みんなでその子に向かって言うのです。
「エライコトヲシテシマッタ!」と困り果てている子に言うのですから、意地悪この上ないのです。
 「ワイ」という第一人称は、普段の生活ではあまり使わない言葉です。「オレ」や「わし」よりもさらに下品な感じがする言葉です。これは京都の言葉なのかどうか?私は伏見区ですから微妙で、京都の言葉だと言い切る自信がありません。京都の町中では、こんな下卑た物言いはしないのかもしれませんし。
 そうそう、思い出しました。この後、「先生に言うたろう」(先生に告げ口するぞ)というのが加わりました。ということは、小学校でこの『はやしことば』流行ったのでしょうね。でも今どきこんな言葉言ってる子見たことありません。
 この銅像は国際児童年を記念して、京都市上京区御霊神社に造られたものです。『清明心…清く明るく直き正しい誠の心』をあらわしているそうです。そして、生命は物質より尊いことを表現しているのだそうです。ナルホド…。
147,バクチノキ  
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