日本赤煉瓦紀行 重要文化財 今村天主堂 (福岡県三井郡大洗町) 1913年(大正2年)竣工 棟梁建築家鉄川与助設計 代表的赤煉瓦教会建築 潜伏キリシタンの里 築後平野に聳える双塔の教会 日本赤煉瓦建築番付西横綱 |
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■交通 西鉄天神駅から西鉄大牟田線小郡駅(510円)下車、タクシーで20分(約2000円) |
2018年8月5日(日)10時前に訪れることができました。以前から一度はと思ってきた赤煉瓦でした。10時からミサが始まるので、信者の方々が次々徒歩や車で訪れておられました。子どもも老人も大人も、男も女も大勢集まってこられます。信者ではない私にも「おはようございます」とみなさんご挨拶して下さいます。
ミサ中に外回りの写真を撮らせてもらいました。内部も興味があったのですが、撮影は禁止されています。文科省と大刀洗町と教会の名の入った説明板に内部写真があったのを見せてもらいました。鉄川与助得意のリブ・ウォールト天井(こうもり天井)がカッコイイし、ステンドグラスも上品で、三層構造の内部も魅力的なものです。
今村天主堂①
今年、長崎熊本の潜伏キリシタン遺跡が世界遺産に指定されました。潜伏キリシタンという言い方も広がりました。 ここ今村もまた、江戸時代潜伏キリシタンの方々がその信仰を守ってこられたところでした。明治6年キリスト教解禁。フランス人司祭の赴任などの経過を経て、1908年本田保牧師を中心に、二つの塔を持つロマネスク様式赤煉瓦造りの天主堂建設が推進されました。外国に寄附を募ったり、信徒の方々の奉仕で建設された教会です。設計は、五島列島などに多くの教会建築を残した鉄川与助。鉄川与助は、木造、煉瓦だけでなくコンクリート建築も手がける進取の気質旺盛な建築家であり、棟梁でした。 軟弱な地盤であったため、技術面でもコスト面でも困難がありました。ステンドグラスはフランス製、柱は高良山の杉、瓦は城島町の「荒巻」という会社で、煉瓦は神埼市の五工場への特注、石材はうきは市山北産のもの、内部のキリスト受難の14枚の聖絵もフランス製。 外部も内部も明治後期から大正初期の教会建築の特徴を今に伝える貴重な建物です。 |
今村天主堂②
農村地帯のこの地に大正時代、この建物が出現した時、どれだけ驚きと歓喜で迎えられたのだろうなと思いながら、見上げました。 タクシーの運転手さんの話によると今は老人介護施設や周囲に新しい住宅も建てられたけれど、しばらく前は天主堂ばかり目立っていたと言います。この建物を維持保存は「今」という地名の集落の方々が担っておられるようです。 この辺りは弥生式時代の遺跡・遺物がいたるところから出現するそうで、吉野ヶ里遺跡は「すぐ近く」だとも聞いた。 |
今村天主堂③