かばのしっぽ日記
2021年
 
     かばのしっぽは うんちをまき散らすための大切な働きをします。まきふんは大切な威嚇の方法なのだそうです。
 でもおかしなやつです。
『オレは強いんだ』と言ってうんこまきちらすなんて。何かユーモラスです。
 自分にとっては大切な行動でも他人様から見たら滑稽なことって私もしてそうで「かばのしっぽ」みたいな存在かもしれないなあオレって」と、思う今日この頃であります。
 
月 日(曜日) 日             記
 1月13日(水)
大相撲初場所
 「こんな時期になぜ大相撲が開催されるのか全く分からない」とTVのインタビューで語っておられた方がおられた。確かに。不要不急の範疇に大相撲も入ると言えば入る。他のスポーツやイベントが自粛する中で大相撲だけ特別扱いかというのも分かる。まして感染者や濃厚接触者の疑いで900人中65人が休場しているにもかかわらず……である。白鳳が感染していたというのはそれだけでアウトだという意見もあろう。
 しかし私はTV観戦を楽しんでいる。夕方5時から大相撲中継を見ている。白鳳がいなくても面白い。それにしても3人の大関が脆い。何が狂ったのか負けている。3日目など全員負けた。3連敗の貴景勝、1勝2敗の朝乃山、2勝1敗の正代。3日目の貴景勝の張り手はひどかった。品がなかった。相手を血みどろにさせルとは……。勝たなくてよかった。勝っていたらもっと批判されただろう。大栄翔が三大関を撃破、それも圧勝した。照富士は1敗したものの安定感がある。一体誰が一番強いのか分からないという面白さが今の大相撲にはある。
 60日の本場所興行で稼がなかったら相撲協会の屋台骨が揺らぐ。緊急事態宣言が発出されたが、多少の批判には目をつぶってやるしかないのだろうな相撲協会。 
1月10日(日)
名刺 
 名刺に縁の無い生活だった。時に名刺を交換する場面もあったが「すみません。持っていません」できた。人に披瀝するような肩書きもなかった。電話番号かメールアドレスを知らせれば事足りた。
 一番上に書くのは大抵職業だったり所属団体名だろう。
 絵を描く人は「画家」だ。詩を書く人は「詩人」だし歌を歌う人は「歌手」だし演劇をする人は「俳優」だ。
 他人がある人をそう呼ぶなら違和感はない。しかし自分自身で名刺に書くとなると、余程の自負がないと書けない。それを生業として生計を立てていなければ「自称○○」と揶揄されかねない。「あの人、自分で『詩人』やと思っていたんや」になる。格好悪いことこの上ない。
 そもそもその道の有名人は名刺など出す必要がない。みな知っているから。
 総理大臣が名刺を持っているのかどうか知らないが、きっと議員事務所の案内しか書いていないもので、プライベートはさらしてはいないだろう。案外政治家はいっぱい肩書きのある名刺を配っているかもしれない。宣伝用に。 
 1月7日(木)
もう7日か 
 お正月で2日から5日まで孫が里帰りしていた。上の子はもうすぐ4歳になる。「おじいちゃん、いっしょにお風呂入ろう」「おじいちゃん、散歩行こう」「おじいちゃん、○○しよう」のラッシュで楽しませてくれる。一昨年生まれた下の子は、まだ言葉を発しないが、「アー」の連発で用が足りる。最初は私と距離をとっていたが、日々慣れてくれた。
 その間、年1回発行の会誌の編集、校正作業が佳境に入りリモート会議やメールのやりとりで忙しかった。
 この年末、今年98歳になる母親の俳句や和歌の整理をした。母は現在介護施設でお世話になっている。ここ数年毎年1月2日その介護施設ホールで私の姉、私、妹夫婦やその家族と新年会をしてきたのだが、今年はできない。そこで、母親の俳句・短歌集を作ることにした。母は、自力では年賀状が出せなくなっている。京都新聞の歌壇欄に俳句、和歌、冠句を熱心に投句していた。入選、佳作に入ったものを残していたので、それを編集した。製本できたら、誕生日に縁のある方々に送らせていただき年賀状代わりにと思っている。 
1月2日(土)
未知の世界
 猛吹雪が来るかもしれないと言う予報があって荒れるのかなと心配していたが、昨日今日と穏やかな天気でありがたい。
 やっぱりコロナで2021年も終始するのだろうか。
 近代医学の進歩のおかげで、お医者さんに助けてもらえるという信頼は年々深まってきた。 歴史を振り返ると、奈良時代も平安時代もそれ以後にも飢饉と疫病で困難を極めた時代はあった。
 ところが少なくとも私は。すべての病気の因果関係が明らかになっていないにも関わらず、何となく疫病からは脱出したような気になっていた。ペスト、天然痘、肺結核、小児マヒ、がん等々、私が生きている間に確実に治療法が明らかになった病気も数多い。いつのまにやら何も怖いものは無いかのような全能感に犯されていたから、今の事態にオロオロしているように思う。人間がたどり着いている地平の先にはまだまだ未知の世界が広がっているということなのだろう。