「円空さんを訪ねる旅」を始めるにあたって
(1)仏像彫刻としての円空と私
円空という名前を知ったのはいつのことだっただろうか。たぶん仏像彫刻に興味を持って色々な写真を見始めたころであっただろうと思う。となると、高校生のころだから、四十年ぐらい前に遡る。
そもそもの話から始めると、次のようなことになる。
私が仏像彫刻が好きになったのは、奈良の古仏に魅了されたからである。そのきっかけになった美術写真雑誌がある。それは至文堂の『日本の美術』であった。その15号で『天平彫刻』(1967)が取り上げられた。この中にあった戒壇院四天王像の中のとりわけ広目天像、そして二月堂の秘仏『執金剛神像』、本尊『不空羂索観音像』などに魅了されていた。薬師寺の『薬師三尊像』『聖観音像』そして、興福寺の『阿修羅像』などもうあげればきりがないぐらい『天平彫刻』の虜になった。ちょうど和辻哲郎『古寺巡礼』や亀井勝一郎『大和古寺風物詩』の著作で奈良大和へのあこがれが高まっていたことも影響あるだろう。
その後『飛鳥・白鳳彫刻』で法隆寺の諸像の魅力に出会い『止利仏師』に会いに斑鳩や明日香へ出かける。さらに『運慶と快慶』で鎌倉彫刻に出会うと、東大寺へ又出かける。京都の三十三間堂も六波羅蜜寺も鎌倉彫刻が縁である。『貞観彫刻』を見たら、神護寺へ出かけた。最後に定朝の仏像に出会う。しかし定朝は形式的な気がして興味が湧かなかった。もちろん『平等院』『浄瑠璃寺』『日野法界寺』へ阿弥陀如来に会いには行ったけれども。『室町彫刻』もあったが、ほとんど興味が湧かなかった。
その中に異端の仏像彫刻家『円空』と『木食』の名もあったように思う。
円空という名で、全国を歩き回って非常にたくさんの仏像を創った僧が江戸時代におられたこと。『鉈彫り』という今までにない大変独創的な造仏活動を展開した方ということぐらいのことしか私は認識していなかったように思う。どの円空仏をその時に見ていたのか定かではない。
つまり、円空というのは少し興味がある仏師だという程度で、他にもっと魅力的な作者や仏像があったので、二の次三の次の存在であったということになる。円空仏に会いに行くこともなく終わった。大体京都奈良にない(と思っていた)ので拝観する機会もないとあきらめていたのかもしれない。
(2)仏像研究がしたかった私
私は仏像彫刻の研究がしたいと思っていた。大学進学の時に文学部へ入ってその研究がしたいと思っていた。博物館学芸員の資格を取りたいと思ったし、毎日仏像に埋もれてくらすのは魅力的だと思っていた。そのためにもっと努力して目ざす大学へ入れたら良かったのだが、その実力が不足していた。私は京都教育大学の第二社会科学科(地理歴史)に入学した。そこから更に自分の初心を貫徹すべく道を探れば何とかなったかもしれないが、生来人間が怠け者にできていて、地道な努力が不足しているのがたたり、その当時お二人おられた日本史の教授、助教授の専門が「考古学」「中世荘園史」だと知ると、さっさとあきらめてしまった。今思えば、人のせいにして努力しなかった私が悪いのだが、仏像研究をするために入ったはずの大学で私は目標を完全に失っていた。もともと教員養成大学であるから、研究はそれほど厳しくは追求されなかった。同じ学科でも『地理』教室はアカデミックな雰囲気があり、その教室を志望した仲間たちは生き生きとフィールドワークなどに取り組んでいた。私のような日本史を専攻しているものの中にも、教授や助教授に教えを請うて、研究をしている人もいたから、日本史教室のせいだけにするわけにはいかない。私はクラブ活動(剣道)などにのめり込む学生生活を送ることになった。
(3)美並村?平成の円空さんとの出会い
それから後も、何回か円空に接する機会があった。それは本での出会いもあるし、円空展での出会いもあったように思う。
しかしここ数年『円空』が私の近くに見えてくるようになった。
どういう順であるのか私もしっかり覚えているわけではない。
はっきり覚えていることだけ書いてみたいと思う。
2005年のことである。岐阜へ旅行することにした。岐阜県のやきもの巡りの旅であった。美濃焼がおもしろそうだと思ったのである。多治見の幸輔窯や人間国宝故加藤卓男さんの幸兵衛窯を訪ねた。
足を伸ばして、郡上八幡へ行ってみることにした。宗祇水という名水があることを初めて知った。郡上八幡はエネルギッシュな雰囲気が溢れていた。満足して家路へ急いでいる時、『美並村』を通ることになった。
「円空のふるさと」という看板が見えた。「ふーん、ここが円空が生まれた場所なのか…」と思った。そして道の駅で休憩をとった。「円空ふるさと館」があることも道の駅の案内で知った。行きたいなあと思ったが時間が足りなかった。
道の駅の売店を見て回ったら、平成の円空仏を売っている。私は仏像を買ったことがない。たぶん買った人の方が少ないと思うけれど。見て回っているうちに買いたいなと思い出した。私は「力光」と署名がある四、五十pの「聖観音菩薩像」を一万円で購入した。
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