円空さんを訪ねる旅(59)
普賢寺の円空仏
(多治見市大原町)
2016年3月10日(木)ガンダーラの会の円空仏を見る会に参加させてもらいました。多治見市普賢寺で円空の寛文後期(10年頃)の観音像と延宝中期の木っ端仏を見せていただきました。岐阜県多治見市は焼きもので有名です。多治見には3カ所4体の円空像が現存しているとのこと。
上の写真が普賢寺の入口付近ですが、灯籠群の中を進んでいき、川を渡ると寺の山門が鐘楼にもなっています。曹洞宗のお寺です。立派なお寺だなと思いました。円空仏の他、本尊阿弥陀如来、長谷川等節筆の涅槃図が、多治見市の有形文化財に指定されているようです。
この観音像の特徴の一つめは丁寧さです。頭髪もそうですし、衣服の衣文も手も顔も蓮座、磐座全てにわたって省略せず丁寧です。もう一つの特徴は肩にある出っ張りです。私は最初こういう肩章があるのかと思いましたが、右上の写真でおわかりになるかと思いますが、耳たぶなのです。
観音像
(40.3cm×20.5cm×5cm)
(1)裏面写真から分かること
右上の写真は裏面です。この写真から斜めの線が彫られていることが分かります。これは円空寛文初期像の特徴です。背銘ですが次のような梵字が書かれているとのことです。(講師小島梯次先生のレクチャーと資料より)
■頭の文字…イ(文首記号)
■首筋中…サ(観音)…仏の名
■体部の五文字…金剛界五仏種字 右 ウーン(阿しゅく如来) キリーク(阿弥陀如来)
中 バン(大日如来)
左 タラーク(宝生如来) アク(不空成就如来)
■蓮座・磐座の4文字…右 ベイシラマンダヤ(毘沙門)
中 ウーン(護法神) ボローン(諸尊合一)
左 カーンマン(不動) *毘沙門と不動はほとんどの脇侍に用いられる
この背銘は丁寧に書かれているなと思います。まず文首記号のイは初期像であることを示しています。円空は後期像には最勝のウを文首に用います。金剛界五仏の種字を背銘に用いるのは寛文9年から延宝7,8年までだそうです。この像は背中に彫られた斜めの線、そして背銘、そして大きな耳たぶ(寛文10年頃からの像に見られる耳朶長大相)から推察できるこの像の作像年代が寛文10年になるのです。
(2)円空は左手を上に彫る
この観音像は手を丁寧に彫りだしています。定印のこの像は左手を上にしていますが、普通は右手が上だそうです。円空はなぜか左を上にしているようです。定印の手の上に蓮の花を持っておられる観音座像。側面から見るとこの像が大変薄いことが分かります。顔も鼻が低く口や頬が出過ぎているように思います。そして顎を引いています。ところが正面から見ると違和感がなく立体的に見えるのです。
(2)木端像
(22.0×6.5cm)
円空現存仏約5400体中観音像は3000体余り。この像もおそらく観音像であろうと思われます。もともと土岐市にあったものが遷座してきたのではないかという噂もあるとのことでした。延宝中期に位置付けられ、丁寧な彫りから抽象性の高い彫りに移行する時期に彫られたものであろうとのことでした。光背、蓮座、磐座そして仏壇、すべて後から作られたものです。
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