円空さんを訪ねる旅(54)
清須市総見院
(愛知県清須市一場)

 愛知県清須市、ガンダーラの会主催の円空仏見学会で、初めて訪れました。清須と言えば信長の清洲城、秀吉を天下人に方向付けた清洲会議が行われた場所ぐらいの知識しかない私ですが、一度訪ねてみたい場所でした。残念ながら清洲城跡へは行けませんでした。
 「清洲越し」という言葉があることを知りました。尾張地方の中心地を清洲から名古屋へ移すための引っ越しを「清洲越し」というとのことでした。清洲は水害に弱いこと、天正地震で清洲城が液状化を起こしていたことなどが名古屋台地への移転を決めた理由だそうです。思い切ったことを江戸時代初めに行ったのだなと思いました。「清洲越し」を経験して名古屋へ移転した家は伝統と格式を誇る「旧家」として今も認められているとのことです。なるほど。
 そこに総見院があるというので、京都大徳寺塔頭の総見院の子院かなと思ったのですが、このお寺は同じ臨済宗ですが妙心寺派のお寺でした。「総見院」は信長の戒名です。清洲会議後、尾張を治めた信雄が父信長のために建立したのが始まりだそうです。信長の遺品である「焼兜」(信雄が本能寺焼跡で捜索させて探し当てた兜)や、信長の供養塔がありました。
 
 この総見院に二体の円空像があります。聖観音と毘沙門天です。この組み合わせから考えると、もともと三体であったと予想できます。ここに不動明王が加わって、観音菩薩を主尊にして、不動、毘沙門を脇侍にする三尊形式が考えられるのです。これは園城寺の開祖智証大師円珍が、唐からの帰国途上、暴風雨に襲われたときに念じたと言われている三尊です。円空は三井寺で血脈を受けており、円珍を尊敬しての造像と思われます。

(1)聖観音像
(113.5cm)

 頭部を火焔状にした聖観音像。
 「スリムな観音さんやなあ」と思いました。
 目を細めて、やや首を右に傾け微笑んでおられます。
 手を法衣で隠すようにして、体の前で組んでおられます。円空さんは手の表現をこういう形にして省略しておられます。上手いなあと感心します。リアルに美しく手を表現するのはなかなか難しいことです。
 早業で造像活動をしておられた円空さんは省略や抽象化を繰り返しながら自分の世界を確立してこられたことが、この観音像にも表れています。
 磐座の上に蓮座の二重座もよく円空仏ではあるパターン。
 足は長方形の板状にして、指は筋彫りに表現。これもいつもの円空さんのもの。

(2)毘沙門天像
(60.0cm)

 兜を被り、多宝塔を体の正面に持って、口を大きく開けた邪鬼の上に載って立つ毘沙門像です。沓を履いておられます。その両足が邪鬼の手か、耳のようにも見えます。私は最初猫招きをしている邪鬼かなと思いました。カエルのようにも見えますし、猫のようにも見えます。確か法隆寺金堂四天王の邪鬼の手が猫招きしているように見えたなあと思って見ました。
 この毘沙門さん、童児のようです。おそらく体に比して大きな顔にしたため、童児のように感じるのでしょう。しかしお顔をよく見ると「おっさん顔」しておられて、笑えます。下の写真右も左も可愛く撮れたのですが、視点によって変化します。この表情を決定づけているのは私は鼻ではないかと思います。低すぎるのです。「鼻べちゃ」というのは、鼻がべちゃっとしているという意味で不美人の形容に使われるのですが、この毘沙門さんは、まさに「鼻べちゃ」です。

 長光寺の鉄地蔵
(重文・稲沢市・159.4cm)

 ガンダーラの会の見学会では、もう一カ所訪問しました。総見院から車で5分程にある長光寺でした。この寺も妙心寺派のお寺でした。ここに鉄の地蔵像があるとのことでした。金属の仏像と言えば、銅(ボロンズ)は奈良の大仏さんを始め多くありますが、鉄は珍しいと思います。何でも全国に60体ほどあり、愛知県にはその内の10体があるとお聞きしました。錆びて赤茶けて腐食してしまっているのではないかと想像したのですが、なかなかどうして、魅力的な仏像でした。
 右は右手袖口の写真なのですが、金色が見えます。これは漆箔のようです。つまり、鉄の上に漆で金色に仕上げて作られていたようで、作られた当初は、金色に光り輝いていたと思われます。
 資料として「愛知県史別編・文化財3彫刻」にあるこの鉄地蔵の説明文と写真をいただきました。それによりますと、最初木型を仏師が作り、その後鋳物師が鋳造したとのことです。いくつものパーツに分けた鋳型で作られたものを貼り合わせて作るのですから手間のかかったお地蔵様です。現在の状態での質感や色は石仏に近いように思いますが、石仏ではないザラザラ感があり、不思議な質感です。
 尾張六地蔵の一つで、鎌倉時代文歴2年(1235)の作だそうです。このお地蔵さんのおられる六角堂も立派なもので、重要文化財指定を受けています。
 
 このお寺入口に文政年間に建てられた道標がありました。立派な文字で「京都道」「ぎふ道」と書かれていました。私は何街道なのか分からないのですが、街道筋にこの寺はあったようです。
 「JR清洲駅」は清須市ではなく稲沢市なのだそうです。そこから歩いて10分程の総見院は清須市、そこから10分ほどの長光寺は稲沢市。稲沢市と清須市の境目をウロウロしていたようです。

2015・8・20(木)訪問

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