円空さんを訪ねる旅(20)
伊吹山太平観音堂
(滋賀県米原市春照)
拝観料をとっておられるわけではありません。私は電話で予約して拝ませていただきました。(高橋さん0749−58ー1038:三原モータースさん 0749−58−0250)。春照…すいじょうと読むそうです。
伊吹山と修験僧である円空さんのつながりは深いものがあります。そしてこの太平観音堂の十一面観音さんは円空さんについて、色々なことを考えさせてくれる背銘をお持ちです。その辺りを楽しみながら書いていこうと思います。
(1)近江と円空さん
滋賀県の円空さんは12体(『円空を旅する』(産経新聞社の本)より)、3カ所におられます。@三井寺(竜頭観音)に八体、ここ太平観音堂に1体。そして米原市志賀谷光明院にあると書かれています。ということは光明院に3体あるということでしょうか。光明院には、不動明王がおられるようです。
滋賀県は愛知県や岐阜県とは比べものにならないくらい少ないのです。ちなみに京都や奈良市内には移入仏はあってもそこで造像されたものはありません。京都大阪奈良など都市では円空さんは生きていけなかったのでしょうか。修行の場はないし、円空さんを迎え入れてくれそうな風土ではなかったのであろうと私は想像しています。琵琶湖周辺で三井寺以外にその足跡が見られないのはなぜなのか、これはよく分かりません。活躍できそうな場所はありそうに思えるのですが。
(2)太平観音堂へ
2008年9月24日(水)三原モータースへ電話をしましたら、ご都合が悪いということで、高橋さんの電話番号を教えていただきました。何時に太平観音堂に到着できるか見当がつかないものですから、大垣報恩寺の拝観を終えて電話をしました。午後1時すぎに「1時間後に伺います」と申しましたら、高橋さんが太平観音堂を開けて、待っていて下さいました。丁度一時間で到着しました。私はバイクで移動しています。
国道21号(昔の中仙道)を通ると柏原宿辺りに北へ向かう「伊吹山」の表示があります。上の伊吹山の写真は柏原宿を越えた辺りからのものです。
太平観音堂は「ジョイ伊吹」という温泉施設もある薬草の里文化センターの近くにあります。伊吹中学校の正門の北です。ジョイ伊吹の温泉には昨年入湯しましたからすぐ近くまで来ていたことになります。
(3)十一面観音像
何とも無粋な長細いガラスケースの中におられました。透明の棺に閉じこめられていると思いました。背が高いなあとも思いました。太平観音堂は最近立て替えられたようです。以前の建物は伊吹山に太平寺の集落があったころのものだったそうでその建物の頃は、こんな無粋なケースにはおられなかったことでしょう。新築された観音堂は集会場も兼ねておられるようです。セキュリティは高まったのでしょうが、お気の毒にと思いました。しかたのないことかもしれません。金になる円空さんを盗もうという人がいるのですから。
このケースむかって右側が開けられるようになっていて、十一面観音さんの載っておられる台が回転するようになっています。
高橋さんはそこを開けてくださって背面も見せてくださいました。私は許可を戴いて写真を撮らせていただきました。残念ながら全身像は撮れませんでした。
円空作 十一面観音像について 像高180.5cm 桜一木造り |
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元禄二年(1689)円空五十八歳という晩年の大作である。鉈ではつった丸彫りの背面には 漢詩と和歌 更に円空自ら造象過程を記した貴重な墨書がある。 現在までに発見確認されている円空佛中、誠に特筆すべき彫像である。 本像は、伊吹山山中腹の太平寺集落に古くから祀られていたが、昭和三十九年集団移住により現在地に安置する。 春照太平観音堂 円空作十一面観音像 保存会 |
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お腹が異常に出っ張っています。『安産の観音さん』として慕われてきたそうです。さもありなんです。衣の下半身部鱗状の模様もなかなか素敵です。顔の正面と下半身の正面は軸がずれています。顔だけ右を向いておられるようです。見る角度によって表情が変化します。左手に水瓶を持っておられます。右手は反り返るようにピンと指を伸ばして折られます。一木造りのためでしょうか、顔の横幅と体の幅がアンバランスで頭でっかちの感が否めません。私は向かって右側からの表情が好きです。 |
(4)伊吹山と円空さん
円空さんが自らを「江州伊吹山平等岩僧内」と北海道洞爺湖観音堂、観音像(現在有珠山善光寺保管)の背面に刻んでいます。時は寛文六年(1666)円空さんは35歳です。伊吹山は平安時代に三修が開いた修験道場で、中腹に四ヶ寺があり太平寺はそのうちの一つでした。室町時代には佐々木(京極)道誉の出城も築かれたようです。浅井一族が活躍する戦国時代になると衰え、太平寺だけが残りました。今も大阪セメントの採石が続けられている伊吹山ですが、昔から石灰を採掘していたようで、太平寺はその石灰を扱っていて財政的裏付けがあったので残ったようです。
円空が書いている「平等岩」というのは、行道岩とも言うそうで八合目にあり、太平寺の集落からの道があるそうです。
平等岩僧というのは円空にとっては自慢の称号だったのではないでしょうか。あの平等岩で修行した円空だという自負があったものと思われます。
伊吹山は岐阜羽島からもよく見える山です。あこがれのそして修行の場であった伊吹山平等岩の僧であることは、彼の名乗りとしては自信満々のものであったことでしょう。
また、伊吹山で得た薬草についての知識は造仏行脚の旅でも多いに役だったのものと思われます。
(5)十一面観音の背銘
漢文と和歌について
私の解釈です。間違って読んでいるかもしれませんので鵜呑みなさいませんように。
飯沢匡さんはNHKの人形劇「ヤン坊ニン坊トン坊」やその他脚本家として有名な方ですが、『異説「円空」論』という著書の中でこのように書かれたそうです。孫引きで恐縮ですが。(梅原猛『歓喜する円空』) |
漢文 桜朶花枝艶更芳 (おうだかしえんにしてさらにかんばし) 観音香力透蘭房 (かんのんこうりきらんぼうにとおる) 東風吹送終成笑 (とうふうふきおくってついにわらいをなす) 好向莚前定畿場 (よしえんぜんにむかってきばをさだむ) |
和歌 於志南辺天(おしなべて) 春仁安宇身乃(春にあう身《近江》の) 草木末天(草木まで) 誠仁成留(誠に成れる) 山桜賀南(山桜かな) |
枝垂れ山桜が艶やかに咲きほころび更に芳香が充ち満ちています。 観音様の桜木の香力が香草フジバカマ香る寺の小部屋にさらに透き通っていくようです。 東から吹いてくる薬師如来さまの風が、観音様の笑いを誘います。 さあ、筵(むしろ)の前へむかい、観音様をあるべき場所に定めましょう。 |
春に出逢う(近江の)草木すべてが本来の姿、真実の姿になるようです。まして山桜は特別な木なのだから。私は今その木で十一面観音を彫ったのです。 |
漢詩の語句とその意味について |
*桜朶…「朶」は枝のこと、もう一つの意味はしだれること。枝垂れ桜のことでしょうか。しかし和歌に山桜とありますから、ここでは枝垂れの山桜だと私は思いました。 *蘭房…「蘭」は邪気をとどめる香草「フジバカマ」のこと。「房」はお堂の両脇の小部屋のこと。伊吹山の太平寺にふさわしい表現です。 *東風…東からふく風のことですが、東には薬師如来が住しておられて、その功徳の風を送っておられる。太平寺は伊吹山山頂から見れば西にあり、薬草の豊富な伊吹山山頂から吹く風は、まさしく薬師如来の風であると言えます。ここでも「東風」は伊吹山太平寺にふさわしい表現です。 *畿場…「畿」は都から500里以内の天子の直轄地。日本では京都を中心にした地方のこと。畿内は大和・摂津・山城・河内・和泉の五カ国です。近江はこの中に入りませんから、円空が畿内を意味して畿場を使ったとは思われません。円空が京の都を格別に尊んでいたと私は思いません。これは、伊吹の神のおられる畿場と考えた方がいいように私は思うのです。ということで「あるべき場所」としました。 |
和歌のことばについて |
*おしなべて…すべてという意味 用例として「おしなべて 花の盛りに なりにけり 山の端ごとに かかる白雲」(西行・山家集) 円空が西行のこの和歌を知っていたのではないかと私は思っています。 *あう身は近江と掛詞 *成れる…「なる」は変化してある状態になること。「成れる」で変化することができるの意味だと思います。 *誠…@ほんとうのこと、正しいこと、真実A嘘や偽りのない気持ち、真心、誠実。 円空が尊敬する役行者が蔵王権現を彫ったのが桜であり、円空には桜が特別な霊木として意識されていたのではないでしょうか。 |
十一面観音開眼事情について
何という早業! 旧暦3月4日から始めて、開眼まで4日です。 この背銘から円空さんの造仏過程が明らかになります。まず木を切り出す。その生木に加持祈祷をし、一日置いておく。 そして彫るのはわずか一日!次の日に開眼供養をする。 この2m近い大作ですらこのスピードぶりです。 |
四日木切 五日加持 六日作 七日開眼 圓空沙門 花押 元禄二己巳年 三月初七日 中之房祐春代 |
*加持…加持祈祷のこと 神仏に祈ること *開眼…仏像、仏画が完成した時の供養の式。 *沙門…出家して仏道を修める人。僧。 *元禄二年…1689年円空58歳 *己巳…つちのとみ 己は昔の十進法の六番目。巳は十二進法の六番目。 *中之房…太平寺十六坊の「仲之坊」のこと *祐春代…祐春は「仲之坊」の僧侶の名であろう。「代」は円空が祐春の代わりに造像したという意味であろうか。 *小島梯次先生にご教授いただいた。この「代」は代わりではなくてその「時代」にの意味だそうである。つまり中の坊の祐春の代の時にの意味だということである。 |
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