円空さんを訪ねる旅(51)
美濃市岩屋観音堂
(岐阜県美濃市片地)
岩屋観音堂にあった二体の円空仏を『美濃和紙の里会館(美濃市蕨生)』へ移座されたのはつい最近のこと。岩屋観音堂のある集落は高齢化が進み過疎化が進行したため円空仏を管理維持することが困難と判断されたのです。ユネスコ世界遺産登録が決定した美濃和紙を紹介しているこの会館で預かることになりました。岩屋観音堂への道は山道だそうで歩いて2〜3時間かかるとのこと。
美濃和紙会館で常設展示しておられるわけではありません。私たちは特別に見せていただいたのです。これから常設展示される予定はないそうです。「ここは『美濃和紙会館』ですから」という教育委員会の方の返事。貴重な拝観機会に立ち会わせていただいたことになります。
(1)十一面観音
(109.7cm)
ご覧の通り、なかなか魅力的な笑みを浮かべた「微笑仏円空」を代表するような十一面観音である。この十一面観音頭上の化仏は6面。
普通十一面観音は菩薩修行の階位を表し左右に10面、最上部に仏菓を表す1面があるとされるそうだが、円空は拘らない。向かって左側面は欠けている。スパッと切られているように見える。昔削って薬にすることもあったと聞いた。やや首をかしげておられる。首だけでなく全身を右へ傾けておられる。
資料によると背面は黒ずんでいて、下部は朽ちていたりシロアリの被害があるように見える。文字は確認できないようだ。
(2)薬師如来
(81.4cm)
施無畏与願印(右手を施無畏印にし、左手を与願印にした印)の薬師如来立像である。左手に薬壺を持っておられる。彫りの浅い微笑仏である。背面を見ることはできなかったが資料では、背中に3本線。頭部に薬師如来の種字「バイ」が書かれ大日真言が背中から大きく書かれているという。
(3)十一面観音と薬師如来
岩屋観音堂からもともとおられたのではなく、窟で彫り置かれていたものを後に観音堂に納められたと思われるとのことであった。観音様に足が見えない。磐座の上に直接乗っておられる。四等身で頭部が大きい。衣は三角形の鱗状のものを四壇重ねている。
薬師如来は円空には珍しい八頭身のスマートな仏である。磐座の上に蓮座、そして素足で立っておられる。
この二体が丁度はいる大きさの箱の中に入っておられた。中は杉板で囲われている。前面はガラスかプラスチック製。杉板の周りをジュラルミンで覆ってある。全体が倒れてこないようにワイヤーで柱に付けられていた。美濃和紙会館で特別に作られたのかと思ったら、岩屋観音堂におられた時からこのケースに入っておられたとか。
移座される前に岩屋観音堂を訪れた方が「地元の方の中に移座に反対しておられる方もおられた」とおっしゃっていた。岐阜県関市上之保鳥屋市・鳥屋市動堂の円空仏21体が. 平成17年6月9日夜から10日の朝の間に盗難に遭った。そして未だ発見されていない。この盗難事件の影響は大きい。円空仏を地域で管理しておられる方々に衝撃を与え、自衛策を講じざるを得なくなったのである。
岩屋観音堂には本尊がおられて、円空仏は客仏扱いだったようだ。だから移座という選択もあったのかなとも思う。
桂峯寺の三尊像についても思ったのであるが、この像も洗ったのかなと思うぐらい表面が摩滅していて何となくシミも汚れもなく美しい。
(4)美濃和紙の里会館でいただいた資料より
1,二体とも県指定重要文化財(昭和45年10月27日)
2,岩屋観音堂は片知板山より郡上市美並町根付村を越す旧道沿いで瓢岳中腹、円空が修行したと言われる岩窟にある。
3,円空はここに住み、板山部落に降りてきては風呂に入ったり食事をしたりのもてなしを受けたと伝えられている。
4,板山の人は円空を生き仏のように崇めていたらしい。
5,いまも円空様のお陰で板山に落雷はなく、村に難産のためしがないと伝えられている。
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