円空さんを訪ねる旅(58)
観音寺の円空仏
(名古屋市瑞穂区丸根町)
2016・1・19(火)ガンダーラの会「観音寺の円空仏を見る会」に参加した。名古屋の「金山駅」から名古屋市営名城線で「新瑞橋」へそこから市バスで弥冨橋(3つ目の駅)で下車。徒歩7分で目的地に到着した。住宅地の中にある浄土真宗のお寺。講師はいつもの通り円空学会理事長の小島梯次先生。
私たちを今年92歳だというご住職が迎えてくださった。私の母と同い年のご住職、お元気である。名古屋弁丸出しで興味深いお話をしてくださったのだが、私が聞き間違っているかもしれない。
まず、今住宅街になっているこの周辺は農地だったということ。円空仏があるとは全く知らなかったともおっしゃった。今は新しく建て替えられているが、上記写真の観音堂(左の建物・右が本堂)の横の小屋に埃にかぶってあった。円空が評価されだした昭和30年代に、百貨店の「円空展」にこの善女龍王他大黒天など3体を持って行ったら、善女龍王だけが本物だといわれたらしい。埃だらけになっていたので、私がその埃を落としてこすったので、後ろの文字が見えなくなったかもしれないともおっしゃった。そして何度もこの善女龍王は幸せな仏様だと繰り返された。このように大勢の人に愛されるようになるとは思いもしなかった。材木として廃棄されたり燃やされていてもおかしくなかったと、おっしゃったのが心に残った。
自由に円空仏を拝観させていただいた。そして上記写真のように抱かせていただいた。円空さんはきっとこのように、皆の手に抱かれて拝まれることを願っておられたのではないかと思う。ガラスケースに厳重に鍵をかけて護られる存在ではなく、だれもがなでさする身近な「えんくさん」であったと私は思う。そういう信仰のありかたを継続しておられる「観音寺」のご住職の見識は尊いことだと思った。手に残った「軽いな」という感覚とともに有難い気持ちになり、名古屋まで来たかいがあったなと思った。
善女龍王
お顔の美しい像である。同じ参加者のSさんが「衣文の彫りが飛騨高山の丁寧な(例えば人麿像)に似ている」とおっしゃっていたが、私もそう感じた。私は表情が東山白山神社の思惟菩薩像や岐阜市円空美術館の普賢菩薩像と似ていると思った。頭上の龍も丁寧に彫ってある。像高は正確には分からないが50pを超えていると思う。以前上宝ふるさと歴史館へ行ったとき、在家観音堂の像をめぐって馬頭観音か善女龍王かの論争があったという話を思い出しながら拝観させていただいた。
小島先生のレクチャーの後に、「この像は当初からこの寺にあったのかどうか」ということが話題になった。浄土真宗のお寺が仏像を大事にするとは思えないという意見とそうでもないのではという意見が出た。真宗寺院へ円空が身を寄せるかどうかに疑問も出た。付近にあった神社にあった円空仏がここに合祀されたのではないかという推論も出た。私はこの寺の名前が真宗寺院にもかかわらず観音寺であることにやや違和感があった。もちろん阿弥陀如来の脇侍である観音菩薩ですから、大切にされないことはないと思うのですが、観音寺と前面に観音菩薩が出ている真宗寺院は初めてである。私は円空がこの仏を彫って以降に寺そのものが改宗した可能性もあるのではないかと思った。これは住職にお聞きすればよかったのであるが聞きそびれた。
背面には頭上に最勝の「ウ」弁財天の「マ」そして帰依し奉るの意の「オン」の三文字の下に大日如来の三種真言である。右大日法身真言「ア バン ラン カン ケン」。まん中は「大日報身真言「ア ビ ラ ウン ケン」、そして左に大日応身真言「ア ラ バ シャ ナウ」(ただし、円空は終生「ア ラ バ シャ キャ」と誤記し続けた)が書かれている。これはこの像が円空50代以降後期の作であることを表している。
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