円空さんを
訪ねる旅(92)

立神薬師堂
(三重県志摩市阿児町立神)
 円空さんの絵を、立神薬師堂近くの建物で拝見した。前回立神を訪れたときのことは円空さんを訪ねる旅(23)志摩市立神少林寺・薬師堂にあるので参考にして欲しい。
 片田と立神で大般若経を経典から折本にする作業を円空が行った際に、扉絵を描き加えた。延宝2年甲寅(1674・円空43歳)の時のことだ。片田は3月、立神は6月上旬から8月中旬であった。
 大般若経は600巻。片田には58枚の絵を、立神には130枚の絵が残された。
 寛文13年から延宝3年までの3年間、円空の活動は大峯山を中心にした奈良県、三重県に集中している。
 ・寛文13年(延宝1年・1673)奈良県吉野郡天川村栃尾観音堂で造像。
 ・延宝2年甲寅(1674)片田・立神で大般若経修復、少林寺観音堂の諸像造像。
 ・延宝3年乙卯(1675)9月奈良県大和郡山市山田町・松尾寺の役行者像造像。
 片田、立神の大般若経修復が、その後の円空造仏にどういう意味があったのか。
 造像面では、抽象化、省略化がすすみ独自の仏像創造が進んだと評価されている。
 こんな意見もある。大般若経の中に法華経を入れ込むことで、長年の懸案であった母の菩提を弔い女人成仏を果たした円空は「歓喜沙門」を名乗る。さて、この前提の推論の是非が問われる問題である。  
   

(1)直筆本と版本

 
 左は、直筆です。なかなかの達筆で書かれています。右は印刷されたものです。字も様々で癖の強い字もありました。ここで言う修復というのは、多くの人の手で、また様々に伝わった大般若経を円空がまとめということのようだ。

(2)大般若経の扉絵

 この扉絵は、愛知県の某寺の版本の大般若経扉絵である。釈迦如来と文殊菩薩、普賢菩薩の三尊が真ん中におられ、右側に玄奘三蔵法師(7世紀インドから唐へ大般若経を伝え漢訳した僧)、左前に深沙大将(三蔵法師を守護した鬼神)。そして、その周りを十六善神が囲んでいる。
 円空が参考にしたであろう南北朝の「大般若経」の見返し絵には、さらに法涌、常啼菩薩があるという。
 円空の片田の一番丁寧な絵には、さらに龍と龍女が加わっている。円空のオリジナルである。

(2)円空の大般若経扉絵(立神)

 立神に残した円空の絵は片田の絵をさらに省略していて一番仏の数が多いのが下の絵で13体描かれた巻52である。
 ここには釈迦三尊と、玄奘三蔵、宝珠を持つ菩薩像(龍女か)ともう一体の菩薩像、龍、善神が6体描かれている。
 円空のこの扉絵、省略されているとよく言われる。善神の頭の描き方は、ボサボサ髪であり、釈迦も菩薩もクルクル頭である。善神の衣はまるで竜巻か蛇のドクロのようにクルクルである。墨は濃い墨と薄墨を使い、筆は細筆と太筆使い分けている。上手とは決して言えないが、何となく可愛らしい表情に味があるとも言える。
 丁寧に描いていられないと思ったのだろうか。でもそれなら、130枚も扉絵を描く必要がない。一枚ですむ。この扉絵に円空が自ら物語を加えたという見解もある。悪人成仏、女人成仏の物語である。
 玄奘三蔵は笈を担いでいる姿であるが、中には笈しか描かれていないものもある。省略にも程があると、三蔵法師を大切にする薬師寺で叱られそうな描き方である。
 釈迦の顔も様々で、女性のようなやさしいふくよかな顔もある。
 龍はなかなか見事なものである。
   
  584巻 
 
   

(4)墨印と朱印

 この扉絵に印が押されている。どういう意味があるのかよく分からないが、校閲印ではないかというのが小島梯次氏のご意見であった。兵庫県立博物館のホームページに、同じ大般若経に印が押されている国分寺の大般若経のことが書かれていた。料紙を調達する際の目印ではないかということであった。
 木印の絵柄が二種類ある。左側は立神だけにある印で人が葉か花びらの上に載っているもの、右側はクジラかと思ったのだが、花びら模様だとのこと。人物は立神だけで使用されており片田にはない。花びらは片田で使用されているが、立神の584巻には、花びらと人物両方の印が用いられ、しかも唯一の朱印が押された巻である。

(5)歓喜沙門

大般若波羅密多経巻第六十二
                 歓喜沙門
イクタビモ タヘテモタルル 法ノミチ
五十六ヲク 末ノ世マテモ


 奥書に書かれたこの文字円空が一仕事終えて「歓喜」している様が読み取れる。
 そして何度も書くこの和歌を書いている。歌意は「何度絶えても立て続ける仏法を、96億億年後までも伝えていこう」ぐらいの意味であろう。片田の281巻奥書にも同じ和歌がある。
 これは釈迦入滅後、弥勒菩薩が56億7千万年後に、下生して、まず56億人を救うという「弥勒下生経」の教えを歌にしている。年数と人数を違えているのは、覚え違いか、それとも何か他意があるのか不明。

(6)少林寺観音堂の棟札と付属文書

 少林寺に棟札があることを知らなかった。この棟札は文久2年(1862)に当時の少林寺住職が書き残したものである。
 大変興味あることが書かれている。
 「奥濃州之産圓空者歴遊干諸方…延宝貳歳甲寅夏爾来干此地且留医王堂看閲修補大般若経…」そのあと「自ら持ってきた斧で枯木の庭桜を伐って鑿で大慈大悲尊を彫り、安置した」と書かれている。この棟札で興味をそそられることは
@円空は「奥濃州」の産である
A少林寺では庭桜で造像したこと
 187年後の記載であるという弱点はある。志摩で奥濃州となぜわざわざ「奥」を入れたのか、何かの言い伝えなり文書が存在していた可能性がある。

 また立神の付属文書には「般若嗣年代 今年延宝貳甲寅暦自六月上旬同至八月中旬 成之云々 濃州 律宗 圓空比丘為基…干時延宝貳甲寅天八月十五日皆令満足也」と書かれている。(小島梯次著「円空仏入門」とガンダーラの会主催「伊勢神宮参拝と志摩の円空仏と円空の絵を見る」資料3・4)
 この付属文書によって、修復の経緯が判明する。
 律宗については、法隆寺の堂方衆として学んだ時の自分の所属集団のことを指しているのであろう。法隆寺では律を専らとして主に上宮王院や律学院の堂司や諸進などをつとめる僧を「律宗方」と呼んだ。法隆寺での修行から大峯山での修行を終えた円空の名乗りとしては正確であろう。唐招提寺西大寺の律宗とは違うものである。

 また、片田の付属文書には、伊勢神宮の御師布屋佐大夫子の名前が記されている。これは何を意味するのか。円空は伊勢神宮へ行ったあと、御師とともに志摩へ渡ったようだ
。 
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