円空さんを訪ねる旅(62)
美濃加茂市北薬師堂
(岐阜県美濃加茂市蜂屋町)
■美濃加茂市蜂屋と円空
「 冬 年のよの さすか蜂屋の 串の柿 蜜と見■■ふ 甘口にして」
これは、岐阜県関市の高賀神社に残された円空の和歌約1500の中の一首です。■■はおそらく「間違(まご)」であろう思われます。歌意は、「大晦日の夜に蜂屋の串柿をいただいたのだが、さすが有名なだけあって、蜂蜜と間違うくらいの甘口であった。甘露甘露」ぐらいの意味であろうか。「さすか」は「流石」と「刺すか」の掛詞で、蜂と蜜は縁語。円空が得意になって歌ったと思われます。
円空が蜂屋で冬を過ごしたことが想像できます。蜂屋の干し柿は今も名物で、大変高価で数千円の値だそうです。干し柿を練り込んだお菓子を売っておられました。
薬師三尊
(薬師如来84.5cm 日光菩薩53.5cm 月光菩薩53.0cm)
この蜂屋の北薬師堂に円空の薬師三尊が残されました。講師の小島梯次先生のお話では「田んぼの中の納屋のようなところに農機具といっしょにあった」そうです。現在は美濃加茂市民ミュージアムにあります。
私は金山町祖師野の薬師三尊と似ているなあと思いながら拝見いたしました。薬師如来は少し小さいですが、日光・月光両菩薩はほぼ同じ大きさで足がないのも共通しています。薬師如来の頭部はほぼ同じです。日光月光の頭部が少し違います。こちらの方は帽子のように見えます。祖師野は元禄4年(1691)の造像だそうですが、こちらは貞享期(1684〜1688)だとのことです。背銘がありません。これが貞享年間の根拠になっているようです。美濃加茂市民ニュージアムで「みのかもの円空仏」という小冊子を購入したのですが、そこには「貞享期の最も簡素化された作風を代表するもので、やさしい微笑をたたえて里人たちの安穏を祈っています」と書いてありました。
月光菩薩 | 薬師如来 | 日光菩薩 |
全体的に黒くなっています。しかし所々何かに当たったのか削れて木の地が出ている箇所があります。薬師如来は体全体を相当右へ傾けています。木材が曲がっていたのかなと想像いたしました。三体とも顔の彫りが独特です。如何に彫らずに顔にするかを考えたとしか思えません。鼻はほとんど高さがないに等しいのです。眉と目は筋だけ。口は何とか彫っています。思い切りがよくて、さっと彫っています。小刀(よく切れる)の使い方が実に見事だったのだろうと思います。
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