円空さんを訪ねる旅(85)
成満院不動堂
(群馬県みどし市大間々町)
群馬県の円空さん、最初はみどり市大間々町の成満院の月光(日光)菩薩を拝観。上左の建物は不動堂。その中に右の「御子守様」と染め抜いた布の後ろにたくさんの子どものチャンチャンコ(ミニチュア)が掛けられていた。安産祈願の妊婦さんがチャンチャンコを借りていき、無事出産されたら新しいものを奉納されるという風習だそうだ。
みどり市観光ガイドの会の方からパンフレットをいただき説明をしていただいた。
この成満院は聖護院系の修験者の家系だそうで、不動堂には、不動明王はもちろん毘沙門天なども祀られ、近年まで密教修法が行われていたといただいた資料に記されていた。(『円空」群馬県歴史博物館)
月光(日光)菩薩
(29.8cm)
この像は何なのか、よく分からない。頭の形からするとどうも菩薩像のようである。裏に『右第七』と読める墨書がある。右は分かるが、第はそう言われればという感じである。その下の『七』は既に消えたも同然状態である。しかし全体のバランスから考えて七が無難なように思う。
この七は薬師如来の脇侍である日光・月光菩薩と眷属である十二神将全十五体の右から7体目であろうということから、月光菩薩と考えられているのである。ただ、円空は日光・月光を左右逆にすることがあり、日光かも知れないというので(日光)としてある。(円空は並べ方を指示することがある)
やさしい目の下ぶくれのお顔の菩薩像でやや、前屈みでうつむいておられるようだ。衣の中の手の部分を相当とっている。
月光(日光)だけ彫るとは考えられず、薬師如来や十二神将がいっしょにあったと想像できる。
円空が上野で布教・彫像したのは延宝9年(1681・円空50歳)の年で、『その技法は最も力強く、練達した時期であった』と前の文章にあった。
松材だそうで、丸太をそのまま使って彫り上げている。 生木を使ったのだろうか。ひび割れがあちこちに見られる。早く彫るためには生木の方が柔らかくて彫りやすいのだそうだ。 |