円空さんを 訪ねる旅(115) 正覚寺 (愛知県田原市六連町) |
2018年9月11日(火)ガンダーラの会主催「三河の円空さん」を拝観するツアーに参加しました。天候には恵まれませんでしたが、午前中二ヶ所、午後二ヶ所円空さんとの出会いがありました。
今回のツアーの特徴としては、初期像と思われる像と出会えたことがありました。それはおいおいこのあとの報告でご紹介できればと思うのですが、北海道へ渡る以前に三河地方へ円空が巡錫の旅をしていたかもしれないということになります。
正覚寺は、午後最初の訪問地でした。渥美半島全体をカバーしているのが田原市のようで、伊良湖岬燈台があり、渡辺崋山の出身地としても有名だそうです。
薬師如来座像
(24.2cm)
ご覧のように大きくて柔和なお顔をされ、立派な薬壺を持っておられる薬師如来様です。目元口元に笑みを浮かべておられるようで心和みます。この像はやや黒ずんでいるように見えますが、青く着色された形跡がありました。蓮座は明らかに金色が塗られています。蓮座と磐座の間で切断されたようで、磐座は後補されたものです。
講師の小島梯次先生によりますと、円空像で切断された像は35体確認されているとのことでした。
手が箱のように長方形になっているおもしろいというか変わった像だなと思います。両側に流れる衣文を彫りすぎて両手らしく彫れなくなったのでしょうか。
彫像年代と発見時のこと
■薬師像発見!そして喜び この像は左上写真の十王堂の中に、下の厨子に入って納められていたということでした。十王堂は本堂の廊下奥にありました。地蔵菩薩は新しいものでしたが十王は年を経ているものです。 最初に円空仏ではないかと思われたのが現住職で、本屋さんで円空仏を確かめられた後、円空学会の長谷川公茂氏に連絡されたそうです。長谷川氏から「間違いない」という言質をもらわれたそうです。真面目なご住職はさらに「どこへ申請すればよいのか」と聞かれところ、「私が認めたのだからそれでよいのです」とおしゃったとか。何年前の話でしょう? それから、本堂十王堂から庫裡へ運び大切に保管されておられるようです。ご自身は勿論、お母様もお喜びになった話、そしてお正月には檀家のみなさんがお集まりになって、この像を囲んでみなで新年を祝って宴会が行われることなど、今も円空さん発見を喜んでおられるエピソードを聞かせていただきました。大切にされている円空さんなのだなと、住職のお人柄共々感心いたしました。、 |
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■制作年代と円空の修行 背面に梵字が書かれてる。私はここに書かれている文字については全く読めなかった。解説を受けたが理解しずらかった。とりあえず書いてみる。 まず頭に文意文字の「イ」このことから延宝7年を下ることはないことがはっきりする。 右に不動明王の「カーン」。左に毘沙門天のバイ。問題は中央の文字。退蔵界大日如来の「ア」金剛界大日如来「バン」その下に蘇悉地の「ウーン」ではないかということであった。切断された台座にも文字があったはずである。これは寛文10年から延宝7年までに書かれたと「円空仏の背面梵字分布表」(小島梯次著『円空研究7』)にある。 「バン」は五点具足の文字である。 この梵字の並びは円空が金剛界の修行を終え、退蔵界大日如来への信仰へ進んだことを著しているというのだが、私はその意味も理解できなかった。 |