口入れ屋
(寺町の万寿寺)

町の万寿寺(寺町通北を望む)
寺町通は南北の通りで万寿寺通が東西の通り。
右に見えているのが河原町通。
万寿寺通も寺町通もここで途切れる。
もう少し南(五条通)へ行くと
御幸町通も河原町に
吸収され、途切れる。

□あらすじ

 いつも「なるべく不細工な女子衆(おなごし)をとご寮さんに頼まれる布屋(古着屋)の丁稚定吉。今日は一番番頭に十銭で頼まれてべっぴんの女子衆をつれて帰る。
 いつも夜遅くまで働かせる番頭が今日は、はやくから店を閉めさせ「さあ寝えはよ寝え」と言うてまわる異常事態。それもそのはず、今晩べっぴんの女子衆のところにへ忍び込もうという腹づもり。
 夜がふけて、まず二番番頭の杢兵衛が二階の女子衆の寝ている梯子段を上ろうとするが、引戸に錠がしてある。それならと台所の膳棚を足がかりにして薪山(きやま)から二階へという作戦をたてるが、膳棚に手をかけた途端腕木が腐っていたらしく膳棚が肩の上へ。
 二番手は一番番頭。杢兵衛と同じようにしてまた膳棚担ぐ。二人して担ぐことに。
 三番目は三番番頭の久七。この男は天窓のひもにぶら下がってターザンみたいに行こうとするが窓が開けたままになっており、そのゆるみで井戸にはまってしまう。
 物音にご寮さんが様子を見に来たので、三人は寝たふりをする。
「また、行儀の悪いこと考えてなはったんやろ。
・・まあ、お店総出やないかいな。番頭はんに
杢兵衛どん、膳棚担げて何してなはんの」
「宿替えの夢を見ております」

□べっぴんの女子衆・・・生まれは寺町の万寿寺

ご寮さんと女子衆の会話
寮「・・・そやけどあんた生まれはどちら」
女「わたしは京の者でございまして」
寮「京都か、はあ、さよか。京都はどちら」
女「寺町の万寿寺で」
寮「ま、賑やかなところやないか


定吉が番頭にご注進
定「あの女中さんな、京都の人でやすと」
番「そうれ見てみい、京都やろ。言うてたんやがな。わし  ゃ京やちゅうねん、そやのに杢兵衛どんが、紀州や言う てきかんのやがな、紀州とは音(おん)の出方が違うが な、ええ、京の水で洗わなんだら、あんな女子ができる かいな。京はどこや」
定「寺町の饅頭屋や言うてましたで」
これは寺町万寿寺の交差点から西万寿寺通りを望んだところ
それほど賑やかなところではない

□スーパーウーマンの女子衆

この女子衆さん、べっぴんだけではない。
次のようなことができるというすごいスーパーウーマンなのである。
寮「・・・ちょっとお針が持てないかんのやけど、あんたお針のほうはどうや」
女「まあ、ご寮さん、お針のことなんか言われますと穴があったら入りたいように存じます。亡くなりま した母親から、ちょっと手ほどきをしてもらいましただけでございますので、ただもう袷が一通り、羽  織に 袴、襦袢に十徳、被布コート、針のかかるもんでございましたら、網ぬきから、雪駄の裏皮、  畳の表替え、こうもり傘の修繕」
この、女子衆さん、慎み深いようでどうもそうでもなく、
自己顕示・宣伝の激しい人物らしく
次々と自分の出来ることを披露する。
三味線のことを聞かれると
「・・・ただもう地唄が百五、六十に、江戸唄が二百ほど上がりましただけで、義太夫が三十段ばかり、常磐津に清元、新内に荻江に薗八一中節、都々逸大津絵とっちりちん、追分よしこの騒ぎ唄、祭文ちょんがれ、あほだら経」
鳴り物も少々かじりまして、大鼓に小鼓は申すに及ばず、大太鼓に締太鼓に、甲太鼓、篠笛、尺八、しょうひちりき、月琴木琴りんちゃんぽん、銅鑼に半鐘に四つ竹、ほら貝」
そして、自分の流派流儀を次のように披露する。
「・・・書はお家流で仮名は菊川流でございます。盆画盆石、香も少しはききわけますので。お手前は裏千家、花は池坊お作法は小笠原流で、謡曲は観世流、剣術は一刀流、柔術は渋川流、槍は宝蔵院流、馬は大坪流、忍術は甲賀流、軍学は山鹿流、鉄砲の打ち方、地雷のふせ方、大砲の据え方、のろしの揚げ方・・・」
どうです、すごいでしょう。こんな女子衆さんがいたら心強いですね。
でもこんだけ言われると、「そんなあほな」と自分がだまされているのに気がつきます。
この中で言われていることのほとんど私は見たこと聞いたことのないことばかり。

口入屋のこと・商家の構造のこと

「枝雀落語大全第四集」の戸田学さんの解説と、
米朝さん「米朝落語全集」第三集のまくらと解説の中から
私が理解できたことをかいつまんで紹介します。
口入れ屋というのは、今で言う職業の紹介、周旋業ということ。公営のハローワークができるまでは、町の所々にあって、商家の奉公人(丁稚さん、女中さん)だけでなく、出前持ち、風呂屋の三助、娼妓仲居などの色町関係専門の店もあったようです。口入れ屋は雇う側からも雇われる側からも手数料を取ります。でも、親元が遠い人には親代わりになったり、契約が切れて次が決まるまで自分の店の雑用をさせて、わずかな費用で寝泊まりもさせたようです。
「目見え」というのは契約前に一度、顔を見せに行くこと。
商家の構造のこと・・・米朝師の解説から
「その時分船場あたりの商家には台所の上のほうに木山(薪山)というて、まあもとは薪をしまう納屋のようなものやったんでっしゃろなあ、そういうまあ袋戸棚のようなものがあって、、これが二階と下といけいけになってまして、台所のほうから膳棚足がかりに上って行て、そこの戸開けて入り込んで、反対側の戸を開けたら二階へ出られまへんのややさかい、そこから抜けようというわけで・・・」

*明治村(愛知県犬山市)に明治時代商家あったと思います。私はそれを見ながら『口入れ屋』を思っておりました。他にもそういう展示をしているところがあるでしょうか。こんど行って写真が撮れたらこれに載せることにします。

□艶笑落語「口入れ屋」と枝雀さん

「桂枝雀と61人の仲間」(徳間書店)から

 「夜這い」とテーマにした噺ですから、広い意味で言いますと「艶笑譚」になるでしょう。私は、あまりその種のものに馴れていませんので、上演する際目的は「夜這い」即ち艶笑に向いているもの、その目的に至る途中の大騒ぎを描くネタとして演らせてもらっています。笑いのパターンとしましては「困り」「困らせ」の積み上げの結果の大騒ぎでした、そのピークが下げ前の膳棚かたげたり井戸へはまったりの大ドタバタになるわけです。
 こういうドタバタ度の大きいネタほど、ドタバタの基盤になるリアリティが必要になるのです。そのリアリティを出しているのが女子衆の諸芸一般の言い立てなのです。「立て弁」と申しましてペラペラペラペラ立て板に水の弁舌を聞かせるおもしろさももちろんありますが、それにプラスしてズラリと諸芸を羅列することによる「もっともらしさ」が出てくるのです。あの「立て弁」がなかったら趣向だけの浮ついた噺
になってしまうでしょう。
 また寝床の中で奉公人二人が声をひそめて女中衆の噂話をするところがあります。あのくだりなど省いてしまっても筋には影響がありません。現に東京で『引っ越しの夢』で演る時はあそこはないはずです。ところが、あの場面をとばしてしまいますと、深夜という状況が聞き手の側に充分了解していただけないのです。よく、東京に比べて大阪の噺は余計な所が多くてゴチャゴチャしているという声を耳にしますが、大阪落語にとっては「もっともらしさ」を出す重石として必要なゴチャゴチャなのです。

米朝師の解説から

住み込みの若い男の奉公人は、金があれば隠れ遊びもできますが、それもならぬとあっては同じ家に住む女中さんが、恋の相手ーというよりセックスの対象になるわけで、その抑圧された欲望は今日以上かと思います。

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