明治の大事業・琵琶湖疏水

東京遷都とともに衰退した京都復興のために琵琶湖疏水計画が実施された。
1884年(明治23年)第一疏水が完成した。
運河目的だった琵琶湖疏水だが、日本最初の水力発電所・蹴上発電所で発電事業を始める。
その電力で1895年(明治28年)にはこれも日本で最初の市街電車が開通する。
その後1912年(明治45年)第二疏水が完成し、このとき蹴上浄水場が完成して上水道の供給が開始された。

九条山浄水場ポンプ室

(京都市山科区日ノ岡朝田町)

設計      片山東熊・山本直三郎
竣工年     明治45年(1912)
構造      煉瓦造
撮影年月日  2002年9月29日
琵琶湖疎水第三トンネルを抜けたところにある美しい建物。小さいながら品格があり、素晴らしい。ここへはインクラインを上ってきても行ける。三条通にある日向神社の鳥居を登っていっても行ける。東山トレイルの道、粟田口からねじりまんぽをぬけ大文字へ行く道の途中にある。京都御所に防火用水を送る目的で建てられた施設で、紫宸殿より高くするためこの場所にあるという。
大正天皇が皇太子時代に疎水を大津から船で抜ける計画があったらしく、その時に京都側で出迎えるためにこのような豪華な装飾を凝らしたらしい。中にはポンプがあるだけだという。実際の出入り口は側面だが疎水に向けて玄関があるのもここに高官が並ぶためだったというのもおもしろい。
疎水第三トンネル西口三条実美の石額がある 豪華な玄関

琵琶湖疏水水路閣

南禅寺境内にある水路閣
明治21年田辺朔郎設計
不思議な感じになる空間
京都市指定文化財
上から見るとこのように水が流れている。

琵琶湖疏水蹴上浄水場・発電所

第一低区配水池2003年工事中 南側から見る。左の溝に古いレンガがある
蹴上浄水場第一高区配水池
ツツジの時期に一般公開される明治45年
旧蹴上第二発電所南から見たところ
日本最初の水力発電所/明治45年

夷川水力発電所

夷川水力発電所・大正3年 疏水計画の時の京都府知事北垣国道の銅像

ネジリまんぼ

三条通から南禅寺へ抜けるのに
使うトンネル。すぐ近くに田辺朔郎
の銅像がある
雄観奇想
見事なながめと優れた考えである
北垣国道筆
それにしてもネジリまんぼとはおもしろい名前だ

第一疏水琵琶湖側

第一疏水取水口付近
閘門(水面調節をした)
第一疎水第1トンネル東口(大津側)

竪抗

 第一疎水は難工事だった。中でもこの第一トンネル(長等山)は当時の技術では難しかった。竪抗を二本掘って工事を進めた。地下水をくみ出すことがなかなか出来なかったという。
第一竪抗・「小関越え」にあり大津側 第二竪抗同じく小関越え途中住宅内にある
第一疎水第1トンネル西口(藤尾側)
第一疎水第2トンネル東口 第一疎水第2トンネル西口

日本で最初の鉄筋コンクリート橋

第一疎水第3トンネル東口 第一疎水第3トンネル西口

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