京都のレンガ建築・殖産興業・起業家

□京都大学東南アジア研究センター
(旧京都織物会社本館)

(京都市左京区吉田下阿達町)

設計   日本土木(推定)
施工   日本土木
竣工   明治20年(1887)
構造   レンガ造二階建+三階建
撮影年月日  2002年8月31日・10月5日
京都織物工場は西陣織の機械化と大量生産を図った会社。新工業奨励の一つとして京都府が始めた織工場を引き継いだ。主に紋織、無地織、ハンカチなどを作った。この建物の奥には工場群があったらしい。現在は京都大学東南アジアセンターの事務・図書室棟になっている。この建物前で学生たちが楽器を演奏しているのもよく似合う。
京都織物会社の文字 明治廿年創立の文字

通路があり建物全体で門の役目をする 裏から見ると煙突など変化に富み美しい

日本写真印刷(株)本館及び工場
(旧日本綿ネル会社)

(京都市中京区壬生花井町)

□日本写真印刷(株)本館
(旧日本綿ネル会社本社事務所)

設計  不詳
施工  不詳
竣工  明治39年(1906)
構造  レンガ造二階建
撮影年月日 2002年9月30日
コリント式オーダーを配した車寄 アカンサスの葉をモチーフにした柱頭
裏(東)から見た本館・メタセコイアとマッチしている 窓の色調も建物にあっている

日本写真印刷(株)工場
(旧日本綿ネル会社工場)

とにかくたくさんのレンガの工場がある。

のこぎり屋根の工場棟・山陰線から見ると美しいという。

山陰線側(東側)はレンガの塀が続く。

モリタ製作所伏見工場
(旧京都電燈伏見発電所)

京都市伏見区東浜南町

設計 不詳
施工 不詳
竣工 明治35年(1902)頃
構造 レンガ切妻造
撮影年月日   2002年9月15日
 京都電燈会社は、田中源太郎を初代社長に明治21年に設立された日本でも最初期の電燈会社である。市中心部への灯火用電力の供給を主目的に設立された。しかし、大正の終わり頃には寂れたようで、昭和18年(1943)に軍需工場への衣替えは森田禮三の設計によって行われた。すでに20年近く廃墟のようになって荒れ果てていた旧火力発電所のレンガ建築を森田製作所が買い入れた。

農業用倉庫
(旧京都電燈会社送電所)

京都市伏見区三栖町

 モリタ製作所へ行った時にたまたま見つけました。肥後橋を渡ったところにこの建物はある。
 すぐおとなりの方に伺ったところ『送電所』の建物と聞いているとのこと。そして関西電力が近くの農家の方に売ったとのことである。建物についているマークは京都電燈会社の社章かなと想像した。
 現在この建物には「よし」が入れられているそうだ。すぐ近くの三栖神社の祭礼で使う大松明に使う「よし」である。1年前から干して乾かすのだそうだ。
 また、この建物はもうすぐ取り壊されるかもしれないということをおっしゃる方もおられた。現在ヒビが入っている。窓も壊れるに任せてある。
 昔はこの建物のあるところは低い土地だったようで、よく水がついたそうだ。この建物は道路からみると低い建物に見えるがかなり高い建物である。
 昔送電していたことを物語る碍子の跡が壁にいくつも残っている。
 東側は窓があるが、西側にはない。
 たぶん、モリタ製作所のレンガと同じころつまり明治35年ごろに建てられたのではないだろうか。              撮影年月日2002年9月15日
建物を東側から 建物を西側から
碍子が見える。西側に多い 東側の窓・建物に亀裂が入っている
建物の東側・窓がある 京都電燈会社の社章か? 建物の西側・窓がない

『たばこ王』村井吉兵衛の建物

関西テーラーKK(旧村井兄弟商会)

京都市東山区馬町

設計 不詳
施工 不詳
竣工 明治33年(1900)
構造 レンガ造
撮影年月日   2002年8月31日
明治時代、たばこが製造が民営だったことがあった。
『たばこ王』村井吉兵衛は日本最初の両切りたばこ『サンライズ』を売り出した。
ここはそのたばこ製造工場跡。
村井吉兵衛はその後村井銀行や京都瓦斯などの事業を展開した。
円山公園にある『長楽館』は彼が迎賓館として使用していた建物で命名は伊藤博文。
専売公社がそれを受け継いでたばこ製造をした後、
倉庫になっていたのを払い下げられ現在に至っているという。
村井商会のたばこ製造が行われたことを示す石碑
東山税務署の隣にある レンガの上に和風の塔屋がある。
どちらがどちらを支えているのか? 玄関口

□長楽館(旧村井吉兵衛別邸)

京都市左京区祇園町

村井が私財を惜しみなく費やして建設したと言われる私設迎賓館。外国要人の宿泊に使われたという。竣工まもなく訪れた伊藤博文が『長楽館』と命名したとされる。現在喫茶店として使用されている。近くに長楽寺がある。
設計 J.M.ガーディナー
施工 清水組
竣工 明治42年(1909)
構造 鉄骨石造一部レンガ造 三階建 寄棟造
京都市指定文化財
撮影年月日   2002年9月22日
長楽館正門から
長楽館入り口 長楽館南西から見る
長楽館南側 長楽館南東から見る

SECOND HAUSE西洞院店
(旧村井銀行七条支店)

京都市下京区七条通東中筋角

設計 吉武 長一
施工 不明
竣工 大正3年(1914)
構造 レンガ造二階建
撮影年月日  2002年9月22日

エンマ(閻魔)株式会社
(旧村井銀行祇園支店)

大正13年(1924)
撮影年月日2002年9月14日

京都市東山区四条花見小路通り西

京都中央信用金庫東五条支店
(旧村井銀行五条支店)

大正13年(1924)
撮影年月日2002年9月14日

京都市東山区五条川端一筋東角

京都ウイングス
(旧京都商工銀行本店)

京都市中京区東洞院通六角下ル

設計 藤森 松太郎(清水組)
施工 清水組
竣工 明治41年(1908)
構造 ファサード一面のみ
    レンガ造
撮影年月日   2002年8月24日
 この建物は京都商工銀行の本店の建物であった。京都商工銀行は沈滞した京都経済を立て直すため地元の有力者たちが協力して設立した商業銀行である。今その西側の壁だけが残されている。
 この建物の変遷は次の通りである。 大正時代は第一銀行に合併。昭和4年京都市所有・中京区役所庁舎。1955〜1960アメリカ文化センター。1960年4月から中京青年の家(現在3階)
イオニア柱頭

現ウイングス京都3階にある油絵とミニチュア模型

□公団高野第一団地集会所
(旧鐘紡京都工場汽罐室)

京都市左京区高野東開町

設計 横河工務所
施工 竹中工務店
竣工 明治40年(1907)
構造 レンガ造
撮影年月日   2002年8月24日・8月31日
昭和50年(1975)紡績工場が閉鎖され、公団住宅になった。その時汽罐室と鋸屋根の壁の一部が保存再生された。昭和53年に集会所となった。

京都工芸繊維大学衣笠会館
(旧藤村岩次郎邸)

京都市北区北野下白梅町

設計 不詳
施工 不詳
竣工 明治38年(1905)頃
構造 レンガ造二階建 桟瓦葺 寄棟造
撮影年月日  2002年8月30日・9月14日
 紡績業で財をなした藤村岩次郎の邸宅の一部。戦後京都工芸繊維大学繊維学部の所有になり外国人教員の宿舎として使用後、現在は同窓生の集会場や宿舎として利用されている。藤村岩次郎の会社は『京都綿ネル会社』で現在の日本写真印刷(株)本館の建物である。
明治38年頃 一条通り西大路西入る
京都綿ネル専務藤村出次郎邸 西大路通りから建物の東側が見える

タナカ(笹屋)

京都市中京区高倉通り蛸薬師下ル貝屋町

設計   不詳
施工   不詳
竣工   明治40年(1907)頃

中に「笹屋倉庫」という石の看板がある。隣の土蔵と続いて建っている。
運送会社の馬小屋だったらしい。○の中に「さ」の文字があり、屋号のようだ。
現在はふとんなどを売っておられる。

森本養菌園・・・キノコの研究所

京都市伏見区水野左近西町

大正10年頃
撮影年月日2002年8月24日

赤れんがの研究所 国道24号に面する黒レンガ
左の建物は赤レンガ、右の建物はコークスが入っているレンガで黒い。
この黒レンガは火力発電所「京都電燈会社」のコークスを混ぜて焼かれたのだそうだ。
右の建物が建てられて1年後左の建物が建てられたという。
森本養菌園の先代がアメリカへ行ってマッシュルームなどのキノコ栽培を習って来られそれを日本で栽培するためにこの建物が建てられたらしい。
しかし現在はその仕事をやめられている。
右の建物は国道24号線に面しており、インテリアの店として使用されている。

「京都のレンガ建築・宗教施設」  「京都の近代建築」へ  HPへ戻る