長崎煉瓦紀行(5)外海

 平成の大合併で西彼杵郡外海(そとめ)町は長崎市外海町になったようです。私は長崎駅前から出ている1日1本(朝11時発帰着3時半)の定期観光バスに乗って巡ってきました。
 外海は遠藤周作「沈黙」の舞台になった場所です。遠藤周作文学館もこの観光コースにありました。潜伏キリシタンのことやキリシタン弾圧のことを何も知らすにいたのですが、昨年長崎で信教の自由について考えさせられて、帰ってから「沈黙」を読みました。「こんなに苦しんでいるのに、なぜあの方(キリスト)は沈黙なさるのか」という神父の問いかけを大変切実なこととして読みました。結果的にこの神父は「ころばされる」(改宗)のですが、日本にそういう歴史があったことをほとんど知らなかった私は大変心動かされました。
 京都にも安土桃山から江戸時代初期のキリスト教の遺跡は捜せばあります。私の住む伏見区深草の石峰寺にも十字架のあるお地蔵さんがあります。26聖人は京都で捕まり長崎で処刑されたのです。京都にはダイウス町という地名が残されている場所も昔の地図には何カ所もあったようです。しかし江戸時代の長い間にキリスト教の痕跡は見事に消されてしまっています。
 長崎にはそれがあります。江戸時代二百数十年間信仰を守り続けた人々がこの外海地方にも「隠れキリシタン」として多くおられたことは驚愕の事実です。
 明治になっても弾圧が続いたようですが、岩倉遺欧使節団がキリスト教弾圧が日本パッシングの一因であることに気づかされ、政策転換するまで過酷な弾圧の歴史は続いたのです。「●番崩れ」などということばは、明治政府の弾圧政策のために殺された人々の事件をさすようです
 日本の近代は大きな犠牲の上に実現したのです。

黒崎教会

長崎市外海町上黒崎郷26
大正9年設立
煉瓦造り
設計 不詳
施工 川原忠蔵
ド・ロ神父によって計画され、建造に21年を要したそうです。土地の信者が寄付し労働もして建った教会だそうです。リブヴォールド天井の(コウモリ天井)の教会内部も美しい教会です。

出津教会

長崎市外海町大字黒崎西出津郷2633
明治15年献堂式(その後増築)
木造・煉瓦造り
設計・施工 ド・ロ神父
長崎県指定文化財
先の黒崎とは違って白亜の教会である。

ド・ロ神父記念館

出津教会の近くにド・ロ神父記念館(重文・もといわし網工場跡で、ド・ロ神父ゆかりの品々展示)や歴史民俗資料館(潜伏キリシタン資料など展示)、遠藤周作記念館などがありました。
 ド・ロ神父という方は、出津の人々のために教会の他、いわし網工場、保育所、診療所の建設、開墾事業、上浦上水道建設などを手がけられたそうです。資料館の時計が修理完了したようでならしてくださいました。澄んだ音が聞こえました。オルガンも今も現役で使われていて、シスターが弾いて歌ってくださいました。

2009・8・1(土)撮影
2009・8・12(水)作成

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