かばのしっぽの
四国八十八カ所スクーター遍路記9日目
〔8月22日(日)愛媛4香川1第65番〜77番〕

 
 7:30 1427.0kmでステーションホテル西条出発。今日は愛媛最後の三角寺を参拝したら、いよいよ香川へ入る。香川は涅槃らしい。発心、修行、菩提、涅槃…上手に考えたものである。
 今日は弘法大師の誕生寺である善通寺へ参る予定。日曜日の今日は人も多いかもしれない。さてどこまで進めるかなと思いながらスタートする。

(1)第65番札所三角寺

第65番札所三角寺
(さんかくじ)
本尊 十一面観世音菩薩
宗派 高野山真言宗
開基 行基
0896−56−3065
四国中央市金田町三角寺甲
 8:30着。45kmを1時間で到着したことになる。愛媛県最後の寺。駐車場から階段を登る。山門に鐘楼がブラ下がっていておもしろい。きっと撞いて来訪を告げるのだろうと思うが、帰ってご迷惑な気がして遠慮する。本堂に白装束菅笠の団体さん。初っぱなから団体さんといっしょ。団体さんも早くから行動しておられるのだ。山の中を相当クネクネ狭い道を上らないと辿り着けないお寺が多い。バスはどう考えても無理な道の場合、どうやって登って来られるのだろうかと思った。バスツアーの方は年配の方も多いから、無理は出来ないだろう。この三角寺も1km先に大型のPがあってそこにバスがあった。ここまでしか来ないのだから、1km歩かれたのだろうか。それは考えられないから、タクシーに乗り継がれるのだろうか。よく分からない。
 昨日の転倒のことのお礼を言ってこれからの道中の無事をお祈りした。
 8:55出発。

(2)第66番札所雲辺寺

第66番札所雲辺寺
(うんぺんじ)
本尊 千手観世音菩薩
宗派 真言宗御室派
開基 弘法大師
0883−74−0066
徳島県三好市池田町白地
ノロウチ
 三角寺の納経所に「雲辺寺のロープウェイが動いていない」という案内の表示が出ていた。「ロープウェイの不具合」らしい。「よくあるのですか」と聞いたら「台風以外にはめったにない」ということ。うわあ、えらいことになったなあと思った。ということは、ロープウェイを頼らすに行くことになる。きっと細い道だったりするのだろうなと思った。すると、納経所のもう一人の方が復旧して9時から運転始めるという電話があったといいながら、案内の紙を外しておられた。
 私はラッキーにそのニュースを直後に聞いた。その前にここを通過した人はロープウェイをあきらめたであろうから苦労されたのではないだろうか。私は本当に幸運だった。ロープウェイ駅まで30kmある道はすぐにわかった。
 10:00ロープウェイに乗れた。往復2000円。こんな高い場所によく作ったと思った。鉄柱建ててロープを張るだけでもどうやってするのか想像がつかない。私は特に高いところは足がすくむから絶対そう言う仕事が出来ない。ロープウェイの床に風の入る穴があって、その穴から下をのぞくとゾッとする。今日は霞んでいて下は見えなかった。2.5kmぐらいの距離を7分で走る。
 山頂駅の気温が26度であった。涼しい。花もきれいだった。ここは徳島県らしい。徳島と香川の県境表示があった。
 10:40下りに乗る。10:50出発。1502.7km。
 お寺は広く立派である。こういういい方は失礼だが景気良さそうだと思った。五百羅漢がおられた。最近作られたもののようだ。どなたがお作りになったのか知らないが私はどうも外国で作られたもののように思った。表情が京都黄檗山万福寺にある羅漢さんに何となく似ている。(るるぶに中国福建省の羅漢像を真似て造られたと書いてあった)
  

(3)第67番札所大興寺

第67番札所大興寺
(だいこうじ)
本尊 薬師如来
宗派 真言宗善通寺派
開基 弘法大師
0875−63−2341
三豊市山本町辻
 この寺でいっしょになった人々。まず子どもを二人見た。
 一人はおじいちゃんのばあちゃんに連れられた4年生ぐらいの男の子。いっしょにお経を読んでいた。色々立ち居振る舞いをおばあちゃんに指導されていた。よく聞いていっしょに巡礼していて感心した。納経所で納経帳3冊とおいずる2枚それに掛け軸を朱印墨書してもらっておられた。
 もう一人は5才ぐらいの女の子である。湿布薬を口に貼っていた。おもろい子やなあと思って見ていた。お守りがほしいと言いだした。自分は羊だという。干支と星座は違うとおじいちゃんとおばあちゃんが説得するのだが納得しない。しまいに泣き出して「もういらん」とすねて怒っていた。
 もう一団体。滋賀ナンバーの男性1名女性5名ほどの団体。この団体、女性だけお経を一緒に声を合わせる団体である。男性は納経帳係のようであった。ここまでいっしょだった。しかし次、あんなに分かりやすい道路標示を無視して直進して行かれた。後ろについていた私はあれ?と思った。きっと他の場所へ行かれたのだろう、その後は会わなかった。
 今日は日曜日でやはり人が多いように思う。
 11:35出発。1513.4km。

(4)第68番札所神恵院・69番観音寺

第68番札所神恵院
(じんねいん)
本尊 阿弥陀如来
宗派 真言宗大覚寺派
開基 日証上人
0875−25−3871
観音寺市八幡町
第69番札所観音寺
(かんのんじ)
本尊 聖観世音菩薩
宗派 真言宗大覚寺派
開基 日証上人
0875−25−3871

観音寺市八幡町
 神恵院と観音寺とは同じ境内にある。神恵院の山門をくぐるとちょうど両方のお寺の真ん中あたりになって、左が神恵院で、右が観音寺。二つのお寺がなぜいっしょの境内にあって、宗派も開基もいっしょで納経所までいっしょなのか。不思議な札所である。
 裏山の琴弾山から海岸が見えるようだ。ここに宇佐八幡大明神が琴を聞きながら来られたらしい。この八幡さんを祀ったのが神恵院のようだ。そして観音寺はその別当寺だそうだ。別当寺というのは、神仏習合であった明治時代まで、神社に付属して置かれた寺のことである。明治になって廃仏毀釈になり神恵院の本尊を観音寺の西金堂に移したために一境内二札所になったというのだが、よく分からない。
 神恵寺の本堂はモダンな建物でコンクリートと白木。ちょっとびっくり。
 観音寺は、観音寺市名前の由来の寺だと思うが、地味なお寺だった。
 12:15出発。

(5)第70番札所本山寺

第70番札所本山寺
(もとやまじ)
本尊 馬頭観世音菩薩
宗派 高野山真言宗
開基 弘法大師
0875−62−2007
三豊市豊中町本山甲
 写真からも分かるように開放的なお寺である。ここの本堂も鎌倉期のもので国宝。五重塔は明治期のものらしいが、美しい。百日紅と合っていた。 納経所へ行ったら、私の前に団体さんの納経帳を世話している旅行者の若い女性がいた。お寺の奥さんであろう女性が、「昼食はすんだのか。場所は?」と聞いておられた。その場所に温泉が出るらしく「入るのか」とも聞いておられた。「入ったら寝てしまう」と若い子が答えていた。私には「納経帳が分厚すぎて書きにくいから、御影は別にした方がいい」とおっしゃっていた。こういうひと言ふた言声をかけられる方は少ない。
 馬頭観音が本尊というのはここだけらしい。
 お寺の本山というのはたくさんあるのだな思う。真言宗は東寺と高野山だけかと思っていたら、大覚寺、御室〔仁和寺)、醍醐寺、長谷寺、智積院などなど京都だけでもたくさんある。四国霊場の宗派を書いていて、それぞれに独立した宗派を立てておられるのだと認識を新たにした。
 12:45出発。

(6)第71番札所弥谷寺

  第71番札所弥谷寺
(いやだにじ)
本尊 千手観世音菩薩
宗派 真言宗善通寺派
開基 行基
0875−72−3445
三豊市三野町大見乙
 108段の階段だけかと思ったらいっぱい階段があって、本堂にたどり着くまでに泣きそうになった。
 ここは山の中の摩崖仏のある寺である。柔らかい岩壁に平安から鎌倉にかけてのものらしく阿弥陀三尊が彫ってある。その周りに五輪塔が彫られていたり、納骨のための穴が多数ある。水場というものがあり、死者の霊を背負って上ったり降ろしたりする習慣があるらしい。
 密教の霊地とにふさわしい寺である。私は大師堂をどうも間違ったようである。岩をくりぬいた窟の前にお堂があって不動さんなどがおられたが、そこが大師堂だとばかり思っていた。お堂がそれぞれあって、迷った。納経所もわかりにくく困ったが、こういう場所こそ弘法大師の修行所だといわれると説得力がある。弘法大師が7才から12才まで学問をした場所だという伝承があるらしい。秀吉に滅ぼされた香川という大名の墓がたくさんあった。香川県の名前の基の大名かな?
 この弥谷寺の前に道の駅があって温泉施設がある。満車であった。ここで昼ご飯を食べた。かき氷がおいしかった。しばらく立ち上がれないくらい疲れていた。本山寺で話題になっていたのはここかもしれない。
 2:45出発。

(7)第72番札所曼荼羅寺

第72番札所曼荼羅寺
(まんだらじ)
本尊 大日如来
宗派 真言宗善通寺派
開基 弘法大師
0877−63−0072
善通寺市吉原町
 山の裾野にある小さな寺。駐車場が二つありつながっていて、旅館の前を通らないと仁王門に行かない。この寺は空海の一族佐伯家の氏寺として建立されたらしい。
 唐から帰った空海が母親の菩提を弔うために立派な堂塔を建て、本尊に大日如来、金剛界、胎蔵界両曼荼羅を安置して奉ったという。
 いよいよ善通寺市に入ってきた。空海の伝説がリアルになるのかどうか楽しみである。

(8)第73番札所出釈迦寺

第73番札所出釈迦寺
(しゅつしゃかじ)
本尊 釈迦如来
宗派 真言宗御室派
開基 弘法大師
0877−63−0073
善通寺市吉原町
 曼荼羅寺からすぐ。少し山に登った位置にある。500mしか離れていない。もともといっしょのお寺だったらしい。
 駐車場が傾斜していてバイクが置きにくかった。
 名前が変わっている。空海7歳の時の話だそうだ。「仏道に入って人々を救いたいがその願いが叶うものか叶わないものか、もし叶うなら、釈迦如来よ姿を現したまえ」と言って断崖から飛び込んだらしい。お釈迦様が天女と共にお出ましになって、天女が抱きとめたという。今奥の院になっている場所だそうである。捨身ヶ嶽禅定というらしい。弘法大師ならそのくらいのこと言いそうだなと思いながら、ずいぶんませた子どもだったのだなと思う話である。

(9)第74番札所甲山寺

第74番札所甲山寺
(こうやまじ)
本尊 薬師如来
宗派 真言宗善通寺派
開基 弘法大師
0877−63−0074
善通寺市弘田町
 曼荼羅寺と善通寺の間に伽藍をと思っていた空海が岩窟から現れた老翁の助言で建てた寺。嵯峨天皇から満濃池修築を依頼された空海は、それまでの築池使が手こずった難工事をわずか3ヶ月で完成させたらしい。その際に完成祈願をこの寺で行ったらしい。

(10)第75番札所善通寺

第75番札所善通寺
(ぜんつうじ)
本尊 薬師如来
宗派 真言宗善通寺派
総本山
開基 弘法大師
0877−62−0111
善通寺市善通寺町
 大きい寺だ。ここは空海の誕生地。市の名前になっているだけのことがある。門前町もすごい。
 駐車場からいくと、まず堀のような川があってこれに太鼓橋が架かっている。それをこえて門を入ると大師堂のある西院になる。そして道路隔てて本堂(金堂)と五重塔がある東院になる。
 本堂は大仏殿のようなイメージ。中におられる薬師如来も大きな仏である。その周囲を石の羅漢さんが取り巻いておられる。
 大師堂(御影堂)が別院で離れてあり、これまた壮大。大師像が遙か彼方におられる。大師堂の方が立派で、人も多く豪壮。
 京都の東寺と比べると建物の規模はきっと善通寺の方がスケールが大きい。私は東寺の御影堂の小さいが品のある建物が好きだが、東寺と比べるのはどうも適切でないように思った。どちらかというと、東西本願寺と比べる方が適切なように思った。偉容を誇っているという言い方がぴったりだ。 

(11)第76番札所金倉寺

第76番札所金倉寺
(こんぞうじ)
本尊 薬師如来
宗派 天台宗寺門派
開基 和気道善
0887−62−0845
善通寺市金蔵寺町
 ここへ行くのに善通寺から迷う。結局善通寺駐車場からやり直し。
 やり直しの最中に善通寺の横の自衛隊の赤レンガを見つけた。相当数の赤煉瓦が戦争の被害を受けずに残ったようだ。写真撮りたかったなと思ったが、先を急いだ。残念。善通寺は第11師団で、明治時代後期には乃木希典が師団長で着任し、この金倉寺を仮住居にしていたらしい。
 香川の道路は遍路に優しい道で、その通り進めばよいように丁寧に標識で案内してくれる。ところが少しはずれると全く分からなくなる。金倉寺へ違う道を行こうとしてわからなくなった。
 金倉寺…名前がいい。景気がよさそう。この寺は空海の親戚で、円仁とともに天台密教を完成させた円珍(智証大師)が生まれた寺だそうだ。そりゃ天台宗寺門派であるべきだなと思う。和気道善というのは円珍の祖父だそうだ。 

(12)第77番札所道隆寺

第77番札所道隆寺
(どうりゅうじ)
本尊 薬師如来
宗派 真言宗醍醐派
開基 和気道隆
0877−32−3577
 門前にバスが停まっていた。いっしょに拝むことになるなと覚悟したが、境内にはどなたもおられない。どこへ行ってしまったのだろうか、お客さん。と思った。山門に男女が座り込んでいる。何してるの?と思った。境内に観音さんがたくさん並んでいた西国33カ所、四国88カ所はじめ何と255体あるとのこと。。写真は大師堂である。
 この寺の開基和気道隆は当地の長者。桑畑に光る木を見つけ矢を放ったところ乳母を殺してしまう。その供養にこの寺を建てたらしい。
 4:40本日終了。 
■ぽかぽか温泉へ
 今日の宿泊地は次の78郷照寺近くにしようと77番を出発。7kmぐらいある。丸亀市を通る。どうもお祭りがあるようだ。後で聞いたら「婆娑羅祭り」という祭りらしい。子どもが一昔前のアイドルのような格好をして会場に向かっていた。
 やっぱり温泉のあるところがいいなと思って、坂出まで行って瀬戸大橋近くの「さぬき瀬戸大橋温泉」へ泊まろうと思った。すぐ見つかってフロントで聞いたら、断られた。
 78番は超えてきたので、戻ることにした。少し戻ったら、旅館「さぬき」というのが見つかった。流行っているようには思えなかったが、78からは近そうなので聞いたら、泊まれた。旅館「さぬき」は相当古くて、お風呂が家族風呂みたいなのしかない。朝食込みで5000円だから文句も言えないけど。
 お風呂だけはかなわんなと思って、「近くにお風呂はないか」と聞いたら丸亀に「ぽかぽか温泉」というのがあるとのこと。何でも車なら15分で、国道11号へ出てしばらく言ったら大きな看板があるからそれに従えば行けるとのことなので、夕飯を食べがてら行くことにした。
 スーパー銭湯みたいな感じで、なかなかよかった。水風呂が気持ちよかった。シャワーにびっくり。どばどばと大量に出てくる。少し設備は古いが、いいのはお湯が絶えず溢れていること。浴槽が多いこと。露天風呂が2つあること。座れたり寝ころんだりのイスなどが多いこと。
 人も多かった。ラウンジは不十分だが、値段は良心的。とろろぶっかけそばとかき氷を食べた。帰りにローソンによってビール、酎ハイ、凍ったカルピスそれにおでんを買ってきた。凍ったカルピスは前々日泊まったビジネスホテルの前のローソンで見つけて冷蔵庫のないところではぴったりの商品だと感心した。今日は必要である。
 帰り、暗くなっていて無事旅館へ帰れるか心配した。一度通過したが何とか帰ってきた。「津」という言葉を何となく覚えていたことが幸いした。

■今日は疲れた
 ビールを飲んだら寝てしまった。よほど疲れていたのであろう。
 今日はたくさん巡った。13ヶ寺である。雲辺寺、弥谷寺、善通寺など印象に残る寺であった。弥谷寺辺りで暑くて休憩しようと思った。道の駅があって助かった。あそこで昼食とりながら休憩してよかった。
 今日、思いの外多くまわれた。これは明日で八十八カ所全部回りきれるかもしれないなと思えた。総走行距離1602km。今日は175km走ったことになる。
 日目  月日曜日 遍路県名  遍路した札所・訪問先   日目  月日・曜日  遍路県名  遍路した札所・訪問先 
    かばのしっぽ四国八十八カ所スクーター遍路旅スタート  1日目 8/14(土)  徳島1   1番札所・徳島市内 
 2日目 8/15(日)  徳島2 2番〜11番  3日目  8/16(月)  徳島3  12番〜22番 
 4日目  8/17(火) 徳島4・高知1  23番〜30番  5日目  8/18(水)  高知2  31番〜36番 
 6日目  8/19(木) 高知3・愛媛1  37番〜41番  7日目  8/20(金)  愛媛2  42番〜52番 
 8日目 8・21(土) 愛媛3  52番〜64番  9日目  8/22(日)  愛媛4・香川1  65番〜77番
10日目  8/23(月) 香川2  78番〜88番  11日目  8/25(水)  和歌山  高野山奥の院 
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