かばのしっぽの
四国八十八カ所スクーター遍路旅1日目
〔8月14日(土)・徳島〕

(1)8月14日(土)自宅から四国霊山寺へ出発

 7時13分自宅出発。
 京都南ICから高速道に入る。それほど混んでいない。走行車線を流れに沿って走る。
 スクーターで高速入るのは初めてで、これがこの旅の緊張する原因でもある。まあ、無茶なことはするつもりがないので大丈夫だとは思っているけど。
 今日はお盆で帰省ラッシュが予想される日。やはり吹田から中国自動車道へ入ると動かなくなった。結局渋滞は宝塚を超えて、山口だったかなその辺りまで続いていた。西宮名塩辺りからはきわめて快調に走り出した。
 神戸北から徳島方面へ入る。垂水からは明石大橋。ここまで約2時間弱。およそ100kmぐらいであったと思う。時速60kmぐらいで走ってるなという感じだった。
 明石海峡を渡る。夜のうちに雨が降ったため、京都では道路がぬれていた。しかしこの辺りは曇っているが雨は降っていない。
 淡路島通過に時間がかかる。手がだるくなってきて思わず「長い!」と叫んでしまった。いつまでたっても淡路島が抜けられないという印象だ。途中で休憩をとるつもりだったが、鳴門で休むことにした。しかしこちらからの路線にサービスエリアがなくしかたなしに、鳴門北ICで降りた。時間は10時過ぎ。約三時間弱でここまで来た。料金所で「第1番札所」はどう行くのか尋ねたら、もう一つ向こうの鳴門ICの方がわかりやすいというのでもう一度乗り直した。料金は6500円。
 鳴門北から鳴門までは250円であった。確かに今度尋ねたら、「左の道を地道に降りてすぐを右折」と丁寧に教えてもらった。ここは昨年末藍の館や大谷焼を見に来たことがある場所だった。インターから第1番札所霊山寺まで8km、大谷焼窯元まで4kmであった。 
 途中電車とすれ違った。徳島市内へ出るにはこの電車に乗るのかなと思った。この電車、蓮畑の中へ消えていった。この付近は蓮畑が多い。無事第1番札所霊山寺に到着した。時間は10時半。3時間15分、休憩せずにここまで来たことになる。

(2)第1番札所霊山寺

第1番札所霊山寺(りょうぜんじ)
本尊 釈迦如来
宗派 高野山真言宗
開基 行基
住所 鳴門市大麻町板東
電話 088ー689−1111
 人が多いなと思った。途切れることなく参拝者が来ておられる。
 四国八十八カ所巡礼姿マネキンがあちこちにある。山門は重厚。仁王さんもなかなかいい。手を清め口をゆすぐ。正面が本堂、右手に大師堂。その前に池があり、子どもがお地蔵さんに手を合わせている小さな像がある。左手に真言宗独特の多宝塔。その前にヒロシマの灯。核兵器完全廃棄まで灯すとのこと。不殺生を説くお寺が戦争反対、核兵器廃絶に声をあげられることは理にかなっている。
 本堂でどうしようかな(何も遍路用品を持っていないので)と思っていたら本堂右横に用品売り場があった。
 まず、菅笠は相当大きくてあきらめた。金剛杖も長すぎて持って歩けない。
 納経帳を買った。2500円(霊山寺の記入代金300円含む)。少しでもかさばらないものと思って小さいのを買った。表紙は豪華である。色が茶色で紙質が悪いように感じたが、墨はよく吸うようだった。次に「四国巡礼仏前勤行法則」というお経の本を買った。700円。そしてこれからのために「四国八十八カ所詳細地図」というタクシーの運転手さんたちが作ったと思われる地図を買った。1000円。そして持鈴。1050円。
 霊山寺の本堂内の灯籠が美しかった。
 「道中安全」のろうそくと「先祖供養」のお線香をあげて、般若心経をあげ、釈迦如来の真言というのを言った。回向文というのがある。「願わくば、此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」というのだが、これ何となく自分だけよかったらいいというのから抜け出ているようでいいなと思った。
  本堂で拝んでいたら、後ろで怒鳴り声が聞こえてきた。十善戒の中に「怒らない」というのもあったなあとお経の本を見直した。
 本堂で家族連れ3人が巡礼姿で拝んでおられた。本格的な拝み方で、般若心経や真言などを声をそろえて唱えておられた。私より若いであろう父親、その娘と息子は20歳ぐらいであろうか。私はそのいでたちと家族構成からこのお父さん、奥さんを亡くされたのかなと想像してしまった。
 本堂横に十三仏の石仏があった。柔らかい石材に彫られていた。
 私は気がつかなかったが、村山富市元首相が来ておられたらしい。本堂でも、寺の外の遍路用品売り場でも噂になっていた。
 その店では菅直人首相が数年前四国巡礼の時に撮った写真が飾ってあった。(このあといくつもの寺に色紙や写真が飾ってあった)
 それを見ながら東京から来たという人物が菅首相をこき下ろし始めた。たいした人物じゃないだのもう保たないからこの写真は早く降ろした方がよいだの言いたい放題であった。何か個人的な恨みであるのだろうかと思うほどこき下ろしていた。
 あれ?四国遍路は十善戒を己の所業と結びつけて考える旅ではなかったのかなと思った。不悪口(悪口を言わない)というのもあったなあ、四国へ来る目的も色々あるからなと思った。
 11時20分になったので、寺を辞した。

(3)鳴門市へさらに徳島の阿波踊りへ

 バイクに乗って(荷物が満杯の上にも満杯)今日泊まる宿舎に向かった。
 途中大谷焼の窯元の前を通った。大きな大谷の甕と登り窯があった。
 11時45分に駅に着いた。徳島行きの時刻表を調べに行った。簡単な時刻表が手に入った。1時間に1本しかない。12時01分発の徳島行きが出て行った。次は13:09分発。これに乗ろうと決めた。急いで予約してある鳴門のビジネスホテルへ行ってバイクを置かせてもらい、徳島駅へ出発するつもりで、ホテルを探したが難航。しばらく反対方向にいてやっと分かった到着した。
 バイクを置かせてもらい、駅までの間にあったスーパーでおにぎり2個買って、駅のホームで食べた。
 徳島到着13:48。駅を出ると「阿波踊り総合案内所」のテントがあった。
「何も分からないのですが、どこへ行けば踊りが見られますか。」と、17:19か、18:05徳島発鳴門行きに乗らなければならない自分の条件を言った。その方はNHK徳島を教えてくれた。駅から5分ぐらいの場所であった。阿波踊りのグループを「連」というらしい。
 連もいろいろあって、津田の盆踊り保存会は、昔からの物語みたいな踊りを相当な年配の方たちが踊っておられた。何でも津田は漁師町で遭難した人の霊を鎮めるための踊りが起源らしい。この連のことが次の日の徳島新聞に出ていた。蜂須賀連(衣装がかっこいい)、楽茶連、無作連(お囃子が迫力あった)、奴連、天保連(これは14日のTVにもでていた)などなどを見た。 途中雨が降ってきた。結局5時前まで見て鳴門へ帰った。
 阿波踊りのことがすべて分かったわけではないが楽しかった。
 踊りとしては簡単だが、振り付けや群舞としての迫力や構成で人を引きつけているのだと思った。男踊りは迫力、女踊りはかわいさや色気があった。三十人ぐらいが美しく合わせるとなかなかの迫力になる。特に女踊りの昔からの伝統を大切にした連の踊りが美しいと思う。あの笠と衣装と足袋と利休下駄といういでたちは彩りも美しい。
 人数を確保して衣装をそろえるのにお金もかかるし大変であろう。
 間の手も女の人たちのものはかわいい。
 こんなことを言っていた。
「いちかけ、にかけ、さんかけて、
しかけた踊りが阿波踊り
ごかけ、ろくかけ、しちかけて、
やっぱりおどりはやめられない」

 阿波踊りのかけ声と言えば「踊る阿呆に 見る阿呆 同じ阿呆なら おどらにゃそんそん」だとばかり思っていたが、そんなことを言ってる連はなかったように思う。
 6時過ぎにホテルに入る。すぐ夕食を食べにでた。
 帰ってきて一眠りしたら10時。お風呂に入って明日のことを調べ、日記風に文章を書いたら遅くなった。
 日目  月日曜日 遍路県名  遍路した札所・訪問先   日目  月日・曜日  遍路県名  遍路した札所・訪問先 
    かばのしっぽ四国八十八カ所スクーター遍路旅スタート  1日目 8/14(土)  徳島1   1番札所・徳島市内 
 2日目 8/15(日)  徳島2 2番〜11番  3日目  8/16(月)  徳島3  12番〜22番 
 4日目  8/17(火) 徳島4・高知1  23番〜30番  5日目  8/18(水)  高知2  31番〜36番 
 6日目  8/19(木) 高知3・愛媛1  37番〜41番  7日目  8/20(金)  愛媛2  42番〜52番 
 8日目 8・21(土) 愛媛3  52番〜64番  9日目  8/22(日)  愛媛4・香川1  65番〜77番
10日目  8/23(月) 香川2  78番〜88番  11日目  8/25(水)  和歌山  高野山奥の院 
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